九代将軍の乳母 30 富丸編

その時、廊下を駆けて来る足音がした。
「母様……乳母様はおられませんか?」
「あの声は富丸です。どうしたのでしょう」
 開け放ってある蔀の向こうに座ると、富丸は恭しくお辞儀をして言った。
「母様。御所様が髻をお切りなさいました」
「え!」
 背後で、新御台や侍女達の驚く声がした。。
「なんで、また、そのような」
 言いながら、私はもう駆け出していた。
 乱以後、烏帽子を被らない者も現れるようになったが、公の場では烏帽子を被らなければならない。また冠なしでは参内できない。出家した者だけが露頭でも参内を許される。頭頂で髪の毛を束ね、冠や烏帽子が落ちないようにそれに簪で留める。従ってその束ねた髪の毛、髻を切ると言う事は出家を意味する。世捨て人になる事だ。何故? 将軍としての仕事を始めたばかりで、新婚早々で何故世を捨てなければならないのか?
 小御所から将軍執務の常御所に続くつつじの庭を走りながら、だんだん腹が立ってきた。今、新御台の機嫌を治したばかりだ。その原因の義尚はまた我が儘を言っている。
 常御所の玄関には大勢の人が群がっていた。幕府の役人も居れば、公家衆もいる。在京の大名達も居る。将軍の決済を求めてやって来たのだ。玄関の式台に座った勝彦が人々に言っている。
「只今、御所様はご不例(体調が悪い)でございます。どなた様も御対面叶いません」
 私はその横をすり抜けて、奥に駆け込んだ。
 ご対面所の一の間に入ると、若い侍達が掃除をしている。まだ髪の毛が散らばっている。この様子では発作的に髻を切ったのだろう。かっとなって発作的に物事を行うなどとは、誰に似たのやら。
 侍の一人が慌てて私の傍らに駆け寄った。
「お履き物を召されたままでございます」
 折角掃除したばかりなのに、と言う顔である。そう言えば何時草履を履いたのか覚えていない。
「これは、手間を取らせますね」
 私はその場で脱ぎ捨て、欄間の奥に入った。左右に淡彩の襖が奥に続いている。松に鷹が止まって虚空を睨んでおり、他方には水辺で鶴が振り返っている。常に未来を見詰め、我が身を反省せよという気持ちを籠めて描いた幕府御用絵師狩野正信の襖絵だ。この前に座ると身が引き締まる思いがするが、義尚にはこの名匠の気持ちは伝わらないのか。その奥に座って近習が己の髪を梳るに任せてぼんやりしている。激情の時は過ぎたようである。
 私はその部屋の中央近くまで進み出て、平伏した。
「御所様には御機嫌麗しう、恐悦に存じます」
 義尚の背後で梳っていた近習が苦笑した。義尚が私を認めたようなので、私は更に進み出た。
「今、富丸が参りましたが。何か、富丸がお気に障る事をしでかしましたか」
 義尚は力なく首を振った。
「お気に召さぬ事共多い事と存じます。そのためにこそ、勝彦も富丸も控えております。その必要がお有りならば富丸が替わって出家します。御所様のお身体を損なう事のございませんようお願い致します」
「あの者共は、伽の者が髪を切ったぐらいでは、何ともない」
 義尚の声は弱々しい。私は進み出て義尚の手を取った。義尚は手を取られたまま動かない。
「まあ、まあ。こんなに大きなお手にお成り遊ばして。もみじのような手でわたくしの乳をまさぐっておわしたのに」
「あの頃に戻りたい」
「いいえ、あの頃は早く大きくなって馬で駆け回るのだと、勝彦の背で鞭を当てておわしました。大きくお成り遊ばしたのですから、いくらでもお馬に召されて駆けられませ」
 義尚の背後で、短くなった髪を油で固めて何とか烏帽子を被せようとしていた近習が顔をしかめた。馬で走ったりしたら、折角乗せた烏帽子が飛んでざんばら髪の落ち武者のようになってしまう。私はそれを想像すると可笑しくて堪らなくなった。懸命に堪えて顔を伏せて義尚の手を額に当てた。
「そちが泣く事は何もない」
と、義尚は誤解している。
「いや、怒るべきだ。私は勝彦に知行地を与えようとした。ところが父上はそこは奉行衆の某にやるのだと、許してくれない。今度の事だけではない。万事この有様じゃ。私の意の通る事など何も無い」
「それは有難い事ではございますが、勝彦に何の働きがございましたか? 手柄もなくての御加増は、大御所様(義政)もお許しにはならないでしょう」
「某とて、何の手柄もない。東山の長谷が景勝の地だと言っただけじゃ」
 長谷は今度義政が別荘を建てようとしている所である。義政のいい加減な人事には私も腹が立った。周囲の近習達も怒っている。
 私は義尚の手を握りながら、次の言葉が無かった。

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