四兄弟神の星 13

四兄弟神の星 13
     第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 7

 夜が明けてもチェレンは中々起きそうになかった。
「チェレン、チェレン」
 ララは優しく囁くように、チェレンを起こす。
「そんな事ではこいつは起きない。
 君は彼と行きたいのなら、そうするがいい。
 私は約束がある。先に行く」
「お願い、少し待って……
 チェレン! チェレン!」

 やっと起きたチェレンは満足そうに大きく伸びをした。
「一体、何処に行くって、騒いでいたのだい?」
「私はこの東の方で友達と会う約束がある。
 ララは、彼女に頼まれたので、ここまで一緒に来た。
 しかし、君がララを守ってやれるなら、私は先を急ぐ事が出来る」
「それはどちらも不可能だ。
 君は友達に会う前に獣の餌食だ。
 私もこの森では一人でララを守る事は出来ない。
 ここは恐ろしい所なのだよ」
 チェレンは起ち上がりながら言った。さり気なく、弓と矢を左手に握っている。

「私達二人でも危険なぐらいだ。
 その友達に会いに行くのなら、三人一緒に行かないといけない」

 オモンは昨夜の危なかった事を思い出した。
 チェレンの言う通りに違いない。
 人数は多い方がいい。
 但し、信頼できるならばだ。
 チェレンはそう言いながらも、相変らず暗い目で、遠くを見ている。

「君が私と一緒に来るのなら言う事はない。
 直に出発する」

 チェレンはぶつぶつ言った。
 どうも朝食もしないで……とか言っているようだが、オモンは無視した。
 さっさと東の方を目指して歩き始めると、二人共黙って付いて来た。


”!”
 気が付くと付いて来るのは、ララ一人だった。
「あいつは?」
「森に下りて行った」
”勝手にさせておこう”

 しばらくして、右手の方から呼ぶ声が聞えた。
「チェレンが呼んでいる」
 ララはその方に行きたそうだ。
 オモンは腹が減っているのも手伝って、腹が立った。

「チェレンが呼んでる。行かなくては」
”あんた、一人で行けよ”と言いたいのを堪えて、呼ぶ方に進路を替えた。

「本当に何も喰わずに、行くつもりだったのか?」
 森の外れでチェレンは待っていた。
 足元に小さな大人しい動物のまだ暖かい死骸が転がっている。
「火を熾そう。
 腹が減っては急ぎたくても急げない」

 腹は減っているが、オモンには意地を張る気はない。
 黙ってチェレンが器用に火を作るのを眺めていた。

 腹がくちくなると、オモンの気持も和らいだ。
「あの草原だけでも歩いて三日かかると思うが、どのようにして来たのだ?」
「草原なぞ越えない」
 チェレンはにっこり笑った。
 笑うと明るい瞳だ。

「あれから三日たった。
 君達に追付いた日、海の水は西に流れていた。
 次の日は北、そして東に、四日目には南向きだ。
 海の流れはどんな動物よりも早い」
”!”

「一本の流木があれば充分。
 で、すぐに出発するかい?
 しないのなら私は矢を削りたい。
 これから先いくらあっても足らないから」
「すぐ出発する。
 日のある間に進みたい」
 チェレンはがっかりしたように立ち上がった。


 その辺り、森と岩山の境になり森程木は密生しておらず、岩山程険しくもなく歩き易い事がわかった。
 ララをラガーに乗せ、オモンは進んだ。
 気が付くと、またチェレンが居ない。
”今度は何をしに行ったのだ?”

 森の奥からは様々の声が聞える。
 獣の唸り、
 枝の折れる音、
 小動物の悲鳴、
 鳥の羽音。
 重なり合い互に呼応し合うかのように、また全く無関係のように。

 岩山の上も静かではない。
 小石の岩に当る音、
 重い物を引き摺る音、
 虫が囁くような声、
 風が笑うような音。

 ララは森の方を見ている。
 オモンは構わず進み続けた。

 幾度かチェレンは追付いて来た。
 その度に木の枝を数本抱えている。
 それをララに渡すと、また森に駆けて行く。
 ララはその枝を大事そうに抱いていた。

四兄弟神の星 12

四兄弟神の星 12
     第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 6


 翌朝、二人はラガーを引いて南に見える森に向って岩山を下り、東に向った。
 岩場も森の中も進み難く、常にララに手を貸してやらなければならなかった。草原育ちのラガーもオモンを煩わせる。
 食べ物は木の実や小動物が充分得られた。
「こちらの方が充分食べる物がある。君の仲間はなぜ、こちらに住もうとしないのだ?」
「東の森はクスシでも危険だと、キコが言っていた」
「それで、君は怖がっているのか?」
「私は怖くない。怖がっていない」
 オモンは黙ってララの言葉を認める事にした。

 日が傾きかけると、オモンは夜営の場所が気になった。
”岩山が安全か?森の中か?”
 森の中はもう暗い。
 獣の声が夕闇の迫るにつれ、多く大きくなる。
 岩山にはまだ日が当っているので、安全であるように思えた。
 昨夜のようにお誂え向きの切り立った所はない。
 二人とラガーが眠る場所さえむつかしい。

 やっと大岩の根元に石や砂が吹込んで僅かの平地を作っている所を見付け、そこに休む事にした。

 オモンは火を作った。
 昼間に捕えた小動物を焼いて、木の実と共に食べた。
 ララは目を輝かせ、焼いた肉を懸命に食べている。
 あの岩屋では奪い合いになるので、小さなララは始めから諦めて食べる事もなかったのだろう。
 オモンはそんなララをいとおしいと感じた。

「この方面には君の仲間は誰も来た事がないのか?」
「キコはよく知っている。
 キコは何でも知っている」
「彼は来たかも知れないのだね。
 クスシはどうだろう?」
 ララは食べるのに夢中で答えなかった。
 知らないのかも知れない。

 もしクスシに見つからないのなら、火を大きくしたい。
 ターナや、もしかすると東の方から来るトロが見付けてくれるかも知れないから。
”トロとはどれだけ離れているだろう?
 まだ遠いかも知れない。
 もう少し行ってから、合図をしよう。
 もしクスシがララや私を追うなら、昨夜からだが、キコ達が持って帰ったあの獲物で昨夜は満足したかも知れない。
 いくら獣人でも一日であの草原は越えられないだろう。
 追付かれるなら、後一日二日ある。
 それまでにトロに会えれば何とかなるだろう”
 充分食べたララはその場に丸くなって眠ってしまう。
 オモンも眠る事にした。


 ラガーが騒ぐのに気付いてオモンは起き上がった。
 ララも目を覚まして辺りを見ている。
 あちこちの岩影にちらちら動く黒い影がある。
「アミ、小さくってまずい」ララが顔を顰めた。

 まずいかも知れないが、鋭い牙と爪が星明りに光っている。
 数も多い。
 オモンは木槍を構えた。
 横合いから一匹がちょろちょろ出て来た。
 星人の三分の一ぐらいの黒い鼠のような動物。
 槍を繰り出すとさっと隠れる。
 しばらくすると、他の方向からちょろちょろ。
 ララが石を投げるとさっと隠れる。
 目を逸すとまたちょろちょろ。
 ラガーの足元にも近付く。
 ラガーが蹴るとさっと引上げる。
 ラガーはあからさまに苛立っている。
 一匹がまた出て来た。
 素知らぬ顔をしていると足元まで来る。
 槍を突き降ろす。
 さっと逃げてしまった。
 ララの投げる石が岩に当る音が背後でする。
 背筋に寒けが走った。
”これは!”
 キ、キ、キ
 気味の悪い音がアミの喉から洩れる。
 オモン達を嘲笑っているようだ。
 振返ると、大きな奴が岩の上から見下ろしている。
 オモンは焦って、飛び上がった。
 キ、キ、キ、キ
 嘲笑いの大声を上げてそいつはさっと岩から飛び下りた。

 その鼻先を細い棒がかすめた。
 キイー
 そいつは恐怖の声をあげて身を翻して逃げて行った。
 そいつの恐怖が伝染したように、他のアミも全て恐怖の声をあげて逃げ散って行った。

 オモンはほっとして、細い棒が飛んで来た方を眺めた。

「チェレン!」
 ララの声がいかにも嬉しそうだった。

”まさか、どうしてこんなに早く来られるのだ?”

 向うの岩を越えてやって来るのは、左手に弓と矢を持つ、まさしくチェレンだった。

「ララ、無事だったかい。
 アミは危険な動物だ。
 あまり長い間アミと遊んでいてはいけないよ」
”ふざけるな”

「チェレン、やはり来てくれたのね。
 キコはきっと貴方が来てくれるって」

”そういう筋書だったのか”

 チェレンは暗い目でオモンの方を向いた。
「君はララをどうするつもりだ?」
「こちらこそ聞きたいね。
 これはどういう企みなのだ?
 私はこの女にあそこから逃してくれと頼まれただけだ。
 どうするつもりもない」
 チェレンはララを振返った。
「チェレン、この人はいい人。
 私が頼んだ。
 私、もうあそこに戻らない」
「ああ、アミはもう居ないし、彼が危険でないなら、私は眠い。
 朝まで寝かせてくれ」

 オモンを混乱させ、それ以上一言も言わせず、チェレンは狭い岩の根元に大の字になって、眠ってしまった。

四兄弟神の星11

四兄弟神の星 11
     第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 5

 ラガーを精一杯走らせて暗くなる頃、岩山が前方に見えて来た。海から真っ直ぐ聳え立っている。かなり険しい山だ。木は一本もない。
 その山を少し登って、ラガーを止めた。

「何か食べる物があるだろうか」
 辺りを見回した。
 ラガーは僅かに生える草をしゃぼしゃぼ噛んでいる、が、人間の食べれそうな物はなかった。
 オモンはわざと険しい岩の頂きにラガーを止めたのだ。
 狼や危険な獣は容易くは来られない。
 しかし、食べ物も手に入らない。

「ここまで来れば、クスシも追っては来られないだろう?」
 振返ってララに言った。
 ララは呆然としていた。
「今夜はこのまま眠って明日、食べる事を心配しよう」

 真夜中に羽音がしたので驚いて飛起きたが、ターナだった。
「ターナ、トロはどうしている?」
「やあっと、海に着いたって、それで、僕に海沿いの様子を聞くんだ。
 岩ばっかし、て言ってやった。
 大きな蛇が海の上で遊んでいるよって」
「大きな蛇?」
「蛇人の山の蛇よりずっと大きい。
 蛇人の山の蛇には手があるけど、海の蛇には大きな牙がある。
 口もおっきいのだ。
 足は水の中でわからない」
「海沿いに食べ物がありそうか?
 木は生えているか?」
「何を食べるかが問題だ」
 ターナの生意気な返事に、オモンは、こいつは何でも喰う奴だからと怒りを押えた。

「トロに、私は岩山の南を行くと、伝えてくれ」
「一休みしたら、トロに言ってやるよ」

 ターナはララの傍らに身を横たえた。
 ララは目を覚まして、脅えて起き上がった。
「怖がる事はない。
 何かしたら、蹴飛ばしてやれ」
 ララは辺りを不安そうに見回し、遠く草原の向うを眺めて、泣き出しそうだ。

 獣人の岩屋を逃げ出した時の果敢さと比べて意外だった。
”どうしたのだろう?
 後悔しているのかな。
 若い女の子だから、心細くなったのかもしれない”
「まだ朝にならない。眠っていなさい」

「どこに行くの?」
「どこに行くつもりだったのかね?」
「南の方。海には海蛇がいるし、東の森は危険な獣で一杯だって、キコが言っていた」
「友達がいる。
 彼と出合ったら、南に戻る。南に戻ればカラと言う老人とリュウがいる」
「リュウ?」

「君はあの洞窟の池の中の抜け道をよく知っていたね」
「キコが教えてくれた。
 キコは私にあの道を通らせた。
 幾度も通らせた。
 他の人は一度でいやがってやめた」
「なぜキコはそんな事をさせたのか?」
「キコは賢い」

「ふむ」
”もしかしたら”と、オモンは考えた。
”ララが俺を連れ出したのは、キコの差し金?
 すると、あの時、綱を確保していたのは、ララだけではなく・・”

 暗い洞窟の中で小さな火を背に受けて、自分の前に座ったキコのシルエットを思い出した。
 目だけが探るように光っていた。
 最初に会った時、獣人の耳に伸び上がって、しきりに囁いていた。
 落着きなく何か企んでいるような目付きだった。

”あそこから、ララを脱出させるだけなのか?
 他に企んでいるのか?
 若い女が獣人の餌食になるのを、助けたいとは、誰でも考える。
 しかし、助けなければならないのは、もっと居た。
 私の次はララ、その次は?”

 ララを宥めて寝かしつけ、オモンも横になった。

四兄弟神の星10 第二章チェレン獣人の岩屋を脱出 4

 四兄弟神の星 10
     第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 4

 暗くなりかけた頃、男達の一団が草原にやって来た。
 獣人は居ないが、オモンの相手には多過ぎた。
 チェレンと呼ばれる若い男が先頭。
 時々物憂げな目なざしで辺りを見る。二三本の矢と弓を左手にぶら下げて、背にも幾本か括り付けていた。
 他の男達は硬い木の棒を握り締めて、辺りを見回している。
 殿軍はキコ。

 彼等はオモンの隠れた木の下を通り過ぎ、細い木がまばらに生える草原に出た。
 そこで集って、相談を始めた。
「夜は草原を行くのは危険だ。
 今夜はこの森で休み、朝になったら、また追いかけよう」
「ここを真っ直ぐ行ったのなら、あの二人は狼に喰われてしまったよ」
「狼の怖さを知っているなら、ここから、きっと森を伝って南に戻ったに違いない」
と、キコが言うと、男達は頷いた。
 チェレンは一人草原の彼方を眺めている。

 彼等は、海の方に下りて行った。
 戻って来た彼等が手にしているのは、僅かの貝と数匹の魚だった。海虫は居ない。今日は晴れているのだ。

 オモンもララも空腹だったが、そこから動くわけにいかない。しっかり木に掴まり、葉陰に隠れて居た。

 夜半頃、うとうとしていたオモンははっと目を覚ました。
 春に聞いた事のある狼の狩の呼び声だ。
 下を見ると、やはり男達も眠りを覚まされて、騒いでいる。
 一人がしきりにチェレンを起こしていた。
 彼一人がいつまでもぐっすりと眠っていた。

 ドカドカと大きな音が近付き、湾曲した大きな角を二本頭に付けた獣が駆けて来る。
 その周囲を群れて飛び跳ねる狼が小さく見える。
「バイソンだ」

 バイソンは草食獣だが、かなり好戦的な獣だ。無害な動物にもけんかを売る。
 この狼の群もだいぶ被害を受けた様子だ。
 しかし、バイソンも全身から血を流し、足元がもつれていた。ま近くに来て、遂にどっと倒れた。
 狼共はわっと飛び掛かる。
 と、先頭の奴が鋭い悲鳴を上げて、飛び上がり、どさっと落ちた。
 次々狼が倒れて行く。
 見ると、どの狼の身体にも細い棒が突っ立っている。

 オモンは息を呑んだ。
 やっと目が覚めたらしいチェレンの手から矢が次々放たれている

”凄い腕だ。
 一本の無駄矢もない。
 私の左腕を射たのはラガーを狙ったのではなく、始めから私を狙った?”

 二三頭になると流石に狼共は恐れて逃げて行った。

 男達が駆出して来た。
「素晴らしい獲物だ。
 また狼が引返して来ると面倒だ、今夜のうちに運んでおこう」
 バイソンだけでなく、狼の死骸も棒に括り付け、狼は二人でバイソンは四人で担いだ。

「ララはどうする?」
 一人の男が言った。
 キコがチェレンの方を向いた。
 チェレンは狼を倒した矢をいとおしそうに回収していた。
「おまえは一人でも大丈夫だ。
 ララを見付けて、助けてやってくれ。
 ララはここから南に行ったに違いない」
「もう一眠りしてもいいか」
 気のなさそうにチェレンは言った。
「朝になってから追い掛けても、ララの足には追付くだろう。
 しかしおまえは木の上で寝るのだぞ」

 チェレンは嬉しそうに頷いて、さっさと木に登る。
 キコと仲間は荷物を担いで、岩屋の方に戻って行った。
 姿が見えなくなる前にキコが振向いた。
 チェレンはもう木の上でぐっすり眠っている様子だ。

 そのざわめきが聞えなくなると、ターナがやって来た。
「一人残っているけど、よく眠っているよ。
 ラガーを連れて来た」
「この木の真下に連れて来てくれ」

 ラガーに乗せようとすると、ララは脅えて抵抗した。
 オモンは構わず、無理にララを乗せ、その後に跨がって草原に駆出した。

 ターナが追付いて来た。
「あいつ、目が覚めたみたい。
 さっき狼を倒した棒をこっちに向けているよ」
 オモンは思わず振返った。
 しかし、今まで居た林はもう遥か後だった。
”私達の走り去る姿を見たなら、諦めて戻るだろう”
と、オモンは考えた。

四兄弟神の星9 第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 3

   四兄弟神の星 9
        第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 3

 振仰ぐと、木の枝に大きな黒い鳥がいる。
 長い腕を見て、鳥人ターナだと気付いた。
「大丈夫だ。あれは」
 泣きながら蹲ってしまったララを宥め、オモンは空に向って叫んだ。
「ターナ! ここだ、下りて来い!」

 ターナは勿体ぶってゆっくり舞下りて来た。
 じろじろとララを見る。気に入らない目付きだ。
「ターナ、これはリュウの女だ」
 オモンは先手を取って叱りつけた。
 ターナはふんとオモンを振り仰いだ。
「トロはどうしている? もう海に着いたか?」
「まあだだ。そこに見えているのに、ぐずぐずしてる」

「私は海に着いた。
 これから、海沿いに東に向う。
 ラガーを見失ったので、時間が掛かる」
「オモンのラガーは森の外で遊んでいる」
「そうか。私の所に連れて来てくれると、有難い」
 ターナはじろじろララを見たが、黙って舞上がった。

「ララ、ラガーが居ると、一気に草原を越えられる。
 獣人は追っては来られない」
 脅えるララを立たせ、オモンは先を急いだ。


 二人は夜明けまで歩き続けた。
 ララはしきりに後を気にする。
「必ず追って来るのか?
 今までにも逃げた者がいるのか?」
「母が食べられた。
 父は私と逃げた。
 三日経ってクスシに追付かれて父は食べられた。
 キコが私を隠した。
 スシは私に気付かなかった。
 誰か逃げると、先にキコが知れば、クスシを狩に出して、他の男と捜しに来る。
 キコは連れ戻すだけ。殺さない。
 クスシが気付けば、追いかけて、食べて、頭だけ持って帰る。
 何人も逃げた。皆、頭だけ帰った。
 キコは誰も逃さないようにしている」
 ララは身震いした。

「少し休もう。
 ずっと歩き続けるわけにはいかん」
 オモンは薮を捜して、潜り込んだ。
 抱き寄せると、ララは身を硬くして抵抗した。
 星人には貞操の観念や慎ましさなどはない。
 あるのは好嫌の感覚と愛憎の情念。
 少女が自分を嫌っているのでなければ、他に好きな者がいるのだ。
 オモンはターナの目付きを気に入らなかったのはなぜだろうと考えながら、うとうと眠った。

 正午前には起き、道を急いだ。
 まだ、追手のかかった様子はない。
 どんなに急いでも、少女の足では追い付かれる。
 もしキコと男達だったら、腕ずくか、説得で切り抜けられるだろう。
 二三人だったら、腕には覚えがある。
 しかし、獣人クスシだったら、見込はない。


 夕方、ターナが再びやって来た。
「ラガーは?」
「折角ここまで連れて来たのに、大勢やって来るから、また逃げてしまった。
 でも、きっと森の中でうろうろしてるよ。
 草原には狼がいるもの」
「草原に近いのか?」
「すぐそこだ」
 ターナのすぐそこはあてにならない。
 しかし、本当にすぐに木々の間に地平線にまで広がる草原が見え始めた。
「草原には狼がいる。
 追手も近付いている。
 ひとまず、木に登って隠れよう」
 二人は草原を見下ろす高い木に登った。

四兄弟神の星 8 第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 2

   四兄弟神の星 8
        第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 2


 どれ程眠ったろうか? 水の音がする。
あの男は池の上の洞穴、と言っていた。この下に池があるのだろう。
真っ暗で何もわからない。
しかし、近くに誰か居る!

 暖かい気配が伸びて来て、オモンの腕に触れた。
「誰だ?」
「静かに」
 あの少女、ララだ。
この真夜中に。
「あなたは、殺される」
 少女は囁いた。

「いつ? 誰に」
「食べる物がなくなれば、クスシに食べられる。
 そのためにここに連れて来た」
「・・・」

「あなたが来る前は、私を食べるつもりだった。
 でも、あなたが先。
 今日は獲物があったから食べない。
 明日はよく晴れるから、海虫は取れない。
 狩の獲物がなかったら、皆は食べなくても我慢するけど、クスシは食べる。
 他所者のあなた。
 次は一番若い私」

”あのキコと言う背の高い男が言っていたのはそういう事なのだ。
 獣からは安全。
 しかし、飢えれば食べられる。
 奴は奴隷だったかも知れんが、ここの星人は家畜だ”

「それで?」
「私を連れて逃げて。
 私は食べられたくない」
「私もいやだね。
 しかし、どのようにして?
 入口に居るのだろう? あの大男は。
 私の木槍ぐらいでは倒せん」
「誰もクスシに勝てない。
 でも、クスシの知らない出口がある。
 この下の池の中に横穴があって外に出られる。
 崖の上で、登れないけど、飛降りる」

”この女の言う通りにするしか方法はないだろう”
 ともかく獣人の牙口から逃れるのが、先だ。

 少女の言う池の横穴は非常に狭く、水中にあったので、オモンはもう少しで溺れるところだった。
 必死で少女について行くと空気があり、明るい所に出た。
 そこから、つるつる滑り易い狭いトンネルを這い登って行く。

 トンネルを抜けると、星空だった。
 二人は険しい崖の途中に立って居た。下を覗くと、突き出た棚の様になっている事がわかる。
 飛降りるには勇気の要る高さだ。
 少女を振返ると、思い詰めた目で崖下を眺めている。
 彼女は破れた布の大き過ぎる衣服を何枚かつる草で痩せた小さな身体に縛りつけていた。

「飛降りるのか?」
 少女ララはオモンを見上げた。
「綱がある。
 私が持っているから、あなたはあの途中に見える岩棚に辿り着く。
 そこで綱を確保してくれると、私は次の棚に降りられる」

 ララの持っていた綱はその岩棚ぐらいまでなら届きそうだった。
 ララは自分の体に綱を巻き付け、オモンを促した。
 自分の体重をこの小さな少女が支えられるだろうか、と危ぶみながらも、オモンは綱を体に巻き、そっと岩棚から足を下ろした。
 両手でぶら下がり、下を見ると、その棚の先端が辛うじて真下にあった。
 飛降りて何もなければ、宙にぶら下がって、どうする事も出来ない。
 が、引返す事は出来ない。
 自分の体重を少女が支えられるだろうか、と再び不安に駆られる。

 両手を離すと出来るだけ手を崖に伸して、岩を掴もうとした。
 手が届く前に、足先に棚の先端が触れた。
 そのまま落下し続けたが、両手は棚を掴む事が出来た。
 身を引上げ、狭い岩棚に足を掛け、岩壁を手で探って、姿勢を立て直して息を吐いた。

 見上げると、ララが覗き込んでいる。
 ララが目指す岩棚は少し横に逸れていた。その辺りになると、崖はかなり緩やかだ。
「ララ、降りていいよ」

 ララはゆっくり棚にぶら下がる。
 オモンは出来るだけ、綱を引き、更に引ける様に身構えた。
 ララは一瞬の内にオモンの目の前を落ちて行った。
 急いで綱を引く手にガクンと衝撃があった。
 危うく岩棚から弾き飛ばされそうになるのをぐっと堪える。

 おかしい、ララが受けた衝撃はもっと強かった筈だ。
 少女の身で耐える事ができたのか?

 綱を少しづつ送り出す。
 ララは崖の岩に取り付いた様だった。

 綱の緩みを感じる。
 覗き込むと、ララは岩棚に立って、見上げていた。
 オモンはララの近くの傾斜目掛けて、飛降りた。

 崖の真下は小さな池。
 周囲の薮を潜り抜けると、星明りの林だ。
 走って、その向うの暗い森に入る。

「朝まで皆眠っている。
 朝になると、追い掛けられる」
 気掛りそうに岩山を振返りながら、少女は言った。
「少しでも離れよう」

 森は踏跡だらけだ。
 彼等は常にこの辺りで狩をしているに違いない。
 夜の間に森を抜けなければならない。

 それ程密な森ではなく、開けた所もあった。
 そこを通る時、空から羽根の音が下りて来た。
「なんだ! こんな所に居た」
 ララは悲鳴をあげた。
「もう見つかるなんて!
 殺されるわ、食べられるわ!」

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