四兄弟神の星 5 第一章
四兄弟神の星 5
第一章 リュウ蛇人の山を越える 5
ターナの話にカラは目を剥いた。
「トロとオモンじゃと、今までこんな所で何をしておったのじゃ。
トロは一年程してから北に様子を見に行った儂の息子。
オモンは儂等の村一番の悪童だ。仕事もせんで棒切れを振り回しとった」
「ターナ、その二人に川上に向うように言ってくれ。
森に入れる所を見つけ、僕達も川を渡る」
「あの二人は僕を両方から引張ったの。
とても痛かった」
「ターナ、おまえはよく我慢した。
僕はおまえを見直したよ。
あの二人もおまえに感謝するだろう」
褒められてターナは気をよくして、飛立って行った。
夜になれば、あの川はまたリュウ達や向うに居るトロ達を呑み込もうとするかも知れない。それまでに何とかしなければ。
川を見ると、広く深く流れは早い。
「カラ、この流れを泳ぎ切れるか?」
「儂には無理じゃのう」
「紐を結びつけてやる。
それを向うの二人に引張らせよう。
この紐は僕の腰とこのナイフを繋いでいる。
物心着いた時から、繋がっていて、外せない。細いけれど、切る事もできない。
僕が先ず渡る。
ターナにナイフを持って戻らせるから、カラはナイフの紐を体に結び付けて、渡ってくれ。
大丈夫。細いけれど体に食込んだりしない」
リュウは先ずターナにそのナイフを二人の男の元に運ばせた。
歩ける間は歩き、足が立たなくなって、二人に引張らせ、泳いだ。
同じようにして、カラを渡した。
「ほう、本物のトロとオモンじゃ」
対岸で待つ二人の男をカラは認めたが、男達は奇妙な顔で、カラを見るばかりだ。
木々はずっと密生しており、森に入る余地はなかった。
川との間は少しの砂地が続く。
日が西に傾きかけている。
急がなければならない。
不審な面持ちの男達を促して、リュウは歩き始めた。
”なぜ、トロは自分の父を認めないのだろう。
なぜ、オモンは自分の村長を認めないのだろう?”
二人とも、かなり弱っているようだ。
それでも、川を泳ぎ渡って疲れた老人を助けて、リュウについて来る。
ターナが前方に草地を見付けた。
食料としての草の根を得る以外に、そこなら、夜もあの怪異に襲われる事はないだろう、とリュウは希望を持った。
しかし、いまいましい事にターナには距離感が全くない。
彼にとって見える所は全てすぐそこなのだ。
日が落ちてもその草地が見えなかった時、リュウは腹を立てて、ターナを殴った。
「僕達が昼の間にどれだけ歩いたか、わかるだろう。
その距離と草地までの距離を比べて来い」
ターナはなぜ叱られたのかわからず、リュウの機嫌の悪いのを気にして、命じられた通りすぐに飛上がった。
この辺りで先夜のように川や砂が襲って来た時、どう対処するか、考えないといけない。
森の木を調べると、カラは、またトロもオモンも木の幹に毒液が滲み出ている、と言った。
木に頼る事は出来ない。
歩き続ける事も出来ない。
適当に休まないと。
川は波が高くなった様子だ。
波の音が大きい。
砂もさらさらと鳴っている。
リュウはいらいらした。
リュウが立止まったので、カラはその場にしゃがみ込みうたた寝を始めた。
「おまえ達も少し休んでいていいよ」
リュウは言った。
オモンはしゃがみ込んだが、トロはリュウやカラを見て立っていた。
「一体、どういう事だ? これは」
「昨夜、おまえ達はあの砂の中から出て来た。
砂や川は私達人間を捕えようとする。
僕達は昨夜は川の南の丘の上に居た。
僕達を捕えようとして怪異は移動し、捕えていたおまえ達を解放した。というわけだ」
「川や砂が襲って来る?」
「カラの書物に書いてある」
「このじいさんは本当にカラか?」
「僕は数日前に会っただけだ。
本人はそう言っている。
おまえはカラの息子ではないのか?」
「そうだ。
しかしカラはこんなに年取っていなかった。
カラなら私の娘はどうしたろう?」
「おまえが北に向ってから、四年して蛇人にさらわれたらしい」
「四年だと?」
「西の街に火の雨が降ってから十七年経っている。
おまえはきっと、一年後に怪異に捕えられた。
それから年が経っていない。
きっとオモンはその年のままだ。
しかし、カラはその間も年を取り続けた」
話をする間にも辺りは奇妙な暗さに覆われ始める。
さらさらと砂が寄せて来る。
リュウは砂を蹴飛ばした。
川の流れが変った事に気付く。
静かに静かに忍び寄る気配。
静かに静かに水がせり上がる。
目を凝らして見詰める。
眠ってはいなかったオモンも立上がった。
ざっぶーん
最初の大波が寄せた。
オモンが拳で波頭を殴った。
波はとんとんとんと引いて行った。
次の波がひたひたと足元を濡らし、やんわり足首を掴む。
反射的に蹴飛ばす。
「カラ、立っていて下さい」
どどーん
波は大挙して迫った。
例の筒で水面をめちゃめちゃに打った。
水面はぐんぐん上昇しリュウの小さな体は真っ先に没した。
筒を口にくわえ、上を向けた。
ぎりぎりと水が自分を引き込もうとしている。
「うああ」
老人の悲鳴が水の上から聞える。
リュウは目を開いた。
渦の中心が静しずと近付いて来る。
それと知ると、さっと筒を下ろし、その方に向けて、握りのボタンを押す。
水中で耳がキーンと鳴る。
超音波だ。
黒い物がふんわり揺らいだ。
耳の痛みを堪えて、なおも超音波を浴びせる。
黒い物は徐に退いて行く。
水面が下がり、頭が出た。
ほうと大息をつき、なおも超音波を発射し続ける。
黒い物は水面下でもう見えないが、筒が水中にある限りそれらしい箇所に向けて発射した。
「リュウ、草地までは、あの丘からここまでの半分だよ」
ターナの声に気付くと、辺りは薄明るくなっていた。
”くそ! 今まで隠れていたな!”
その草地は西に大きく広がっていた。
川はその辺りでは幾本もの細流で草地に隠れている。
森も、もうあのように意地悪く密生していない。
明るい林だった。
その叢で休憩し、トロとオモンはカラ老人と別れてからの事を互に話し合った。
リュウは傍らでひっくり返り、ターナは森に食べ物を捜しに行った。
トロはやっとこれが十六年経った父の姿だと考えるようになった。
オモンとは一年しか違わないので、違和感はなかったが、十六年は大きい。
父と別れた時、父はまだ壮年と言ってもいいくらいだったのだ。
父は年を取り、トロもオモンも若いままだった。
日が傾く前にリュウは三人を促して出発した。
もっと川から離れたい。
森に沿って、草原を北に向う。
日が暮れると、森はずれでたき火を焚いた。
「森には動物もいるだろう。
狩をして食い物を捜そう」
四人は話し合った。
「その前に得物になるような木の枝を捜そう。
俺達は何も武器を持っていない。
オモンは槍の使い方を知っている。
昔はよく親父に叱られていたが、今では、俺はオモンに習わなきゃならんな」
と、トロは笑った。
翌朝は小鳥の声に目が覚めた。
四人ともぐっすり眠っていたが、ターナの姿だけ見えなかった。
にぎやかな小鳥の囀りと朝の光が眩しかった。
”ターナの奴、小鳥を追い掛けて行ったな”
草の根で食事を済まし、カラの書物はトロが背負い、再び出発した。
北へは緩やかな登りだった。
森には大人しい動物が多く、柔らかい新芽もおいしい上等の食べ物だ。
仲間も増えたし、リュウはのんびりした気分で進んで行った。
トロとオモンは木の枝で槍を作り、リュウもその使い方を習った。
山は次第に高くなり、遂に木がなくなり草原になった。
ターナはその草原で首が長く四本の足が細く長い草を食む大きな動物の群を見付けた。
彼が舞下りると、群は驚いて、一散に駆けて行った。
「とても足の早い動物だよ。
僕がゆっくり飛ぶぐらい」
ターナは戻ってリュウに知らせた。
リュウ達はこの草原を越えるべきか、西に行くべきか、相談していた。
カラはこれ以上北は海だった、と言う。
この草原の向うが海なのか、それとも大異変で変ってしまったかも知れない。
森の外れから見ると、地平線近くに小高い丘が見えた。
カラがその丘を指差した。
「今日はもう遅いから、明日夜明けと共に出掛けて、あの丘に登って様子を見よう。
それから決めよう」
五人は木立の間に眠った。
第一章 リュウ蛇人の山を越える 5
ターナの話にカラは目を剥いた。
「トロとオモンじゃと、今までこんな所で何をしておったのじゃ。
トロは一年程してから北に様子を見に行った儂の息子。
オモンは儂等の村一番の悪童だ。仕事もせんで棒切れを振り回しとった」
「ターナ、その二人に川上に向うように言ってくれ。
森に入れる所を見つけ、僕達も川を渡る」
「あの二人は僕を両方から引張ったの。
とても痛かった」
「ターナ、おまえはよく我慢した。
僕はおまえを見直したよ。
あの二人もおまえに感謝するだろう」
褒められてターナは気をよくして、飛立って行った。
夜になれば、あの川はまたリュウ達や向うに居るトロ達を呑み込もうとするかも知れない。それまでに何とかしなければ。
川を見ると、広く深く流れは早い。
「カラ、この流れを泳ぎ切れるか?」
「儂には無理じゃのう」
「紐を結びつけてやる。
それを向うの二人に引張らせよう。
この紐は僕の腰とこのナイフを繋いでいる。
物心着いた時から、繋がっていて、外せない。細いけれど、切る事もできない。
僕が先ず渡る。
ターナにナイフを持って戻らせるから、カラはナイフの紐を体に結び付けて、渡ってくれ。
大丈夫。細いけれど体に食込んだりしない」
リュウは先ずターナにそのナイフを二人の男の元に運ばせた。
歩ける間は歩き、足が立たなくなって、二人に引張らせ、泳いだ。
同じようにして、カラを渡した。
「ほう、本物のトロとオモンじゃ」
対岸で待つ二人の男をカラは認めたが、男達は奇妙な顔で、カラを見るばかりだ。
木々はずっと密生しており、森に入る余地はなかった。
川との間は少しの砂地が続く。
日が西に傾きかけている。
急がなければならない。
不審な面持ちの男達を促して、リュウは歩き始めた。
”なぜ、トロは自分の父を認めないのだろう。
なぜ、オモンは自分の村長を認めないのだろう?”
二人とも、かなり弱っているようだ。
それでも、川を泳ぎ渡って疲れた老人を助けて、リュウについて来る。
ターナが前方に草地を見付けた。
食料としての草の根を得る以外に、そこなら、夜もあの怪異に襲われる事はないだろう、とリュウは希望を持った。
しかし、いまいましい事にターナには距離感が全くない。
彼にとって見える所は全てすぐそこなのだ。
日が落ちてもその草地が見えなかった時、リュウは腹を立てて、ターナを殴った。
「僕達が昼の間にどれだけ歩いたか、わかるだろう。
その距離と草地までの距離を比べて来い」
ターナはなぜ叱られたのかわからず、リュウの機嫌の悪いのを気にして、命じられた通りすぐに飛上がった。
この辺りで先夜のように川や砂が襲って来た時、どう対処するか、考えないといけない。
森の木を調べると、カラは、またトロもオモンも木の幹に毒液が滲み出ている、と言った。
木に頼る事は出来ない。
歩き続ける事も出来ない。
適当に休まないと。
川は波が高くなった様子だ。
波の音が大きい。
砂もさらさらと鳴っている。
リュウはいらいらした。
リュウが立止まったので、カラはその場にしゃがみ込みうたた寝を始めた。
「おまえ達も少し休んでいていいよ」
リュウは言った。
オモンはしゃがみ込んだが、トロはリュウやカラを見て立っていた。
「一体、どういう事だ? これは」
「昨夜、おまえ達はあの砂の中から出て来た。
砂や川は私達人間を捕えようとする。
僕達は昨夜は川の南の丘の上に居た。
僕達を捕えようとして怪異は移動し、捕えていたおまえ達を解放した。というわけだ」
「川や砂が襲って来る?」
「カラの書物に書いてある」
「このじいさんは本当にカラか?」
「僕は数日前に会っただけだ。
本人はそう言っている。
おまえはカラの息子ではないのか?」
「そうだ。
しかしカラはこんなに年取っていなかった。
カラなら私の娘はどうしたろう?」
「おまえが北に向ってから、四年して蛇人にさらわれたらしい」
「四年だと?」
「西の街に火の雨が降ってから十七年経っている。
おまえはきっと、一年後に怪異に捕えられた。
それから年が経っていない。
きっとオモンはその年のままだ。
しかし、カラはその間も年を取り続けた」
話をする間にも辺りは奇妙な暗さに覆われ始める。
さらさらと砂が寄せて来る。
リュウは砂を蹴飛ばした。
川の流れが変った事に気付く。
静かに静かに忍び寄る気配。
静かに静かに水がせり上がる。
目を凝らして見詰める。
眠ってはいなかったオモンも立上がった。
ざっぶーん
最初の大波が寄せた。
オモンが拳で波頭を殴った。
波はとんとんとんと引いて行った。
次の波がひたひたと足元を濡らし、やんわり足首を掴む。
反射的に蹴飛ばす。
「カラ、立っていて下さい」
どどーん
波は大挙して迫った。
例の筒で水面をめちゃめちゃに打った。
水面はぐんぐん上昇しリュウの小さな体は真っ先に没した。
筒を口にくわえ、上を向けた。
ぎりぎりと水が自分を引き込もうとしている。
「うああ」
老人の悲鳴が水の上から聞える。
リュウは目を開いた。
渦の中心が静しずと近付いて来る。
それと知ると、さっと筒を下ろし、その方に向けて、握りのボタンを押す。
水中で耳がキーンと鳴る。
超音波だ。
黒い物がふんわり揺らいだ。
耳の痛みを堪えて、なおも超音波を浴びせる。
黒い物は徐に退いて行く。
水面が下がり、頭が出た。
ほうと大息をつき、なおも超音波を発射し続ける。
黒い物は水面下でもう見えないが、筒が水中にある限りそれらしい箇所に向けて発射した。
「リュウ、草地までは、あの丘からここまでの半分だよ」
ターナの声に気付くと、辺りは薄明るくなっていた。
”くそ! 今まで隠れていたな!”
その草地は西に大きく広がっていた。
川はその辺りでは幾本もの細流で草地に隠れている。
森も、もうあのように意地悪く密生していない。
明るい林だった。
その叢で休憩し、トロとオモンはカラ老人と別れてからの事を互に話し合った。
リュウは傍らでひっくり返り、ターナは森に食べ物を捜しに行った。
トロはやっとこれが十六年経った父の姿だと考えるようになった。
オモンとは一年しか違わないので、違和感はなかったが、十六年は大きい。
父と別れた時、父はまだ壮年と言ってもいいくらいだったのだ。
父は年を取り、トロもオモンも若いままだった。
日が傾く前にリュウは三人を促して出発した。
もっと川から離れたい。
森に沿って、草原を北に向う。
日が暮れると、森はずれでたき火を焚いた。
「森には動物もいるだろう。
狩をして食い物を捜そう」
四人は話し合った。
「その前に得物になるような木の枝を捜そう。
俺達は何も武器を持っていない。
オモンは槍の使い方を知っている。
昔はよく親父に叱られていたが、今では、俺はオモンに習わなきゃならんな」
と、トロは笑った。
翌朝は小鳥の声に目が覚めた。
四人ともぐっすり眠っていたが、ターナの姿だけ見えなかった。
にぎやかな小鳥の囀りと朝の光が眩しかった。
”ターナの奴、小鳥を追い掛けて行ったな”
草の根で食事を済まし、カラの書物はトロが背負い、再び出発した。
北へは緩やかな登りだった。
森には大人しい動物が多く、柔らかい新芽もおいしい上等の食べ物だ。
仲間も増えたし、リュウはのんびりした気分で進んで行った。
トロとオモンは木の枝で槍を作り、リュウもその使い方を習った。
山は次第に高くなり、遂に木がなくなり草原になった。
ターナはその草原で首が長く四本の足が細く長い草を食む大きな動物の群を見付けた。
彼が舞下りると、群は驚いて、一散に駆けて行った。
「とても足の早い動物だよ。
僕がゆっくり飛ぶぐらい」
ターナは戻ってリュウに知らせた。
リュウ達はこの草原を越えるべきか、西に行くべきか、相談していた。
カラはこれ以上北は海だった、と言う。
この草原の向うが海なのか、それとも大異変で変ってしまったかも知れない。
森の外れから見ると、地平線近くに小高い丘が見えた。
カラがその丘を指差した。
「今日はもう遅いから、明日夜明けと共に出掛けて、あの丘に登って様子を見よう。
それから決めよう」
五人は木立の間に眠った。
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