四兄弟神の星 7 第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 1
四兄弟神の星 7
第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 1
淡い星の光が照す森の中。さらさらと雪解けの水が流れ出す。湖の氷が緩んで、大きな氷塊となって、風でがつんがつん、湖の中の小島に打ち寄せられている。
島の広場には小さな焚火が燃え、クリルは、自分を見詰めている子供達に話していた。
この島で育つ子供達は、まだ肌寒い季節に木の繊維を柔らかくして織り上げた衣服を着けただけだが、どの瞳も焚火の小さな光を受けてきらきら輝いている。
「このようにして、私達のこの世界を蘇らせたリュウはやって来たと、伝えられています。
それではリュウに真っ先に巡り合ったトロとオモンは、それから、どうしたでしょう?」
子供達は直ちに興奮して叫び出した。
「チェレン! チェレン! チェレン!」
クリルはにっこりと頷いた。
「そうです。では、オモンとチェレンの出合いを、次に話しましょう。
「寒い!」
暗い海から吹く北風に白い波が彼の立っている大岩に砕ける。
オモンは襟元を掻き合わせた。毛皮を纏っているにも拘らず、ぞくっとした。
波に洗われる滑りやすい岩を伝って、オモンは歩いていた。
沖は灰色に曇って、水平線は見分けられない。凪いだ海が鉛のように重い。
”ここが北の果てだ”
「痛!」
足にチクリとした感覚。見ると、掌ぐらいの石に大きな針が付いてもそもそ動いた。石には節があって、盛んに動いている。よく見ると、それはどの岩にもたくさん付いて、もそもそ動き廻っている。オモンを刺した奴は偶々当っただけのようだ。素知らぬ顔で離れて行く。
オモンは東側の視界を遮る程度の低い砂山に向った。
西の街に火の雨が降ったのは、つい去年のことのように思われる。
街から流れ込んだ難民を避けて、村人と北に逃げた彼は、一人ぼっちで怪異に囚われている所を、同じ村のトロやその父カラに救われた。
彼等の周囲にはリュウと鳥人ターナ以外誰も居なかった。草原にはラガーという大人しい動物と、生き物を見れば襲ってくる草原狼が居たが、夏にはリュウが捕えた数頭のラガー以外見かけなくなった。
カラ達は森や草原から穀物の原種を捜し出して畑を作った。カラもトロも元々真面目な農民だし、棒切れを振り回して遊んでいたオモンも農民の片割れだ。
夏が過ぎ、収穫の目途が立つと、リュウはトロとオモンに、何処かに人が生延びていないか、調べて来て欲しいと頼んだ。オモン達にもそれは必要だと思われた。
リュウと老いたカラが畑を守り、トロは東北に、オモンは北西に向った。
カラの地図によると、数日で海に着くだろうと思われたので、二人はそこで落合おうと約束していた。
砂丘に登って東の方を見ると、既に落葉した林が灰色の空の下に寒々しく広がる。その林を越えて険しい岩山が覗いている。
先程の寒気はその岩山から滲み出ているような気がする。
オモンは林にラガーを置いていた。野性のラガーだが、馴れやすく、可愛がると慕い寄って来る。
砂丘を下り林に入ると、日が翳って薄暗くなった。
立木に繋いだラガーの手綱を外していると、鋭い風を切る音と共に、激しい痛みを左腕に感じた。
「あ、しまった!」と、言う声。
一本の細い棒が腕に刺さっているのに気付く。
振返ると、十数人の人影が近付いて来た。
その先頭にいる者を見て、オモンは息を呑んだ。
”獣人か?”
獣人とは、獣の体に星人の上半身が付いた形の四本の足と二本の手を持つ人間である。
これは混血児に違いない。僅かの獣皮で身を覆った形は星人だが、毛深い身体と獣めいた容貌の巨大な男だった。
周囲に居るのは、ぼろ布や木の皮、稀に獣の皮を纏った星人の男達だ。
大男の横で華奢に見える若い男の手に簡単な作りの弓があった。
彼はまだ形を留めている布の衣服を着て、ぼんやり横の方を見ている。
若者の反対側で、抜け目なさそうな男がしきりに大男に耳打ちしている。木の皮を着たこの男は少し背が高く、大男の耳にやっと届いていた。
「チェレン、おまえは何を狙ったのだ」
大男が耳障りな声で喚いた。
「さっきまでここに居たラガーを狙った」
その若者が見ている方向にラガーは逃げ去っていた。
背の高い男は猶も、大男に囁いている。大男が胡散臭い目で見ると、彼はすっと大男から離れた。
「若いのがラガーと間違っておまえを傷つけた。すまなかったな。手当させるから一緒に来てくれ」
”気に入らんな。あの口には獣の牙がある”
彼等は狩からの帰りらしい。四人の男がかもしかに似た四つ足の獣を棒に括りつけて担いでいた。獲物の急所にはオモンの腕を傷つけたのと同じ細い棒が深々と刺さっており、頭部は無残にも叩き潰されている。
オモンは身震いした。
彼等は林の向うに見えていた険しい岩山に向った。
近付くと、その根元に洞窟の口が開いており、中に入ると、広く中央近くに小さな火が燃えて、幾つかの影が動いていた。煙はこの入口から流れ出ている。
オモンが横目で見ていると、大男はチェレンと呼んだ若者の弓矢を取上げ、奥の方に向って大声で喚いた。
「ララ、この役立たずめ、怪我人だ。手当してやれ」
火の光の届かない暗闇の中で動く気配がして、例の背の高い男が、その方にオモンを押しやった。
火の傍らでは先程の獲物が切刻まれている。
大男は入口を塞いで座込んだ。
たき火に近付いて、チェレンは小柄な人影に話し掛けられ、何かを手渡された。
「クリル、ありがとう。君は優しいね」
「昨夜、私は怖い夢を見た。
暗い夜がいつまでも明けない。
でもチェレン、貴方が矢を射ると朝になったわ」
「朝の来ない夜なんて、なかったじゃないか?」
チェレンはその白い物に齧り付いた。オモンの視線に気付くと、無邪気に笑って差し出す。
「あんたも食うかい?」
途端に周囲の男や女達の目付きが険しくなった。
オモンは急いでその場を離れ、示された暗闇に行った。
そこに一人の少女とも思える若い女がいることがわかった。
少女は蹲って、僅かに白く見える物、チェレンが女に貰って食べた物とどうやら同じ物を懸命に食べていた。
目の前に立ったオモンをぼんやりと見上げる。
”澄んだきれいな目だ”とオモンは感じた。
「海虫食べる?」
その白い物を差し出す。
「海虫?」
「岩の上を這っている針の付いた虫。
今日みたいに曇った日にはたくさん獲れる。
殻を取ると美味しい」
”ああ、あれがそうか”
と、オモンは先程海辺で自分の足を刺した針の付いた石を思い出した。
「チェレンにつけられた傷、治してあげる」
少女は汚れた指で矢を引抜くと、器用にくるくるとぼろ切れを巻き付けた。
「これで大丈夫。
海虫食べる?
チェレンの獲物、ここまで来ない」
広場には肉を焼くいい匂いが広がり始めた。隅でうごめく影は落着かないが、その場から動こうとはしない。
「クスシがまず食べる。
クスシの気が向けば、残りを皆が食べる。
奪い合いになるから危ない」
少女は火の方は見もせず、海虫の身をオモンの手に押し付けた。
食べてみると、つるんとして柔らかく旨い物だった。
「あの大男はクスシというのか」
「皆、クスシを怖がる。
一番強い。
誰も敵わない。
チェレンも怖がる。
キコも怖がる。
でもキコは賢い」
少女が更に暗闇に身を引いたので、オモンが振返ると、あの背の高い男が立っていた。
「ララ、客人は何か食べたか?」
「海虫を食べた」
男はオモンの方を向いて、その場に座った。
「私がキコ。あんたはどこから来たのかね」
「南の方だ。
砂漠と大きな草原を越えて来た。
どこかに人が居ないだろうかと、思ってな。
私の名はオモン」
「ここ以外に人が居たか?」
「見掛けなかった」
「そうだろうな。
西の街に火の雨が降ってから、俺達はここまで逃げて来た。この辺りは俺達だけだ。
他の奴らは、この南をもっと東に行った。
それも十何年も前の事だ。
草原には、大きな狼がいるのではないか?」
「夏は小さな群だし、一頭ぐらいなら、棍棒で十分だ」
男はじろじろ、値踏みするようにオモンを眺めた。
「おまえは一人か?
今まで、どのように暮していた?」
「友達が、一人いる。
東に行った。
私も行くつもりだ」
「東の森は危険な獣が多い。
止めた方がいい」
「ここは安全か? 住み易いか?」
オモンは逆に尋ねた。
男はちらっと後に視線だけを向け、言った。
「獣からは安全だ。
海虫や狩の獲物が充分あれば住み易い」
「獣人のことか?
どうして獣人がここにいるのだ?」
「街の金持が奴隷として使っていた。
始めは大人しかったし、重宝した。
食料のない冬、彼に食べさせなかったら、彼は金持を食べた。
私がまだ子供の頃だ」
「獣人を扱うのはむつかしいという事だが」
キコは答えず立ち上がって、少女の方を見た。
「それでは、もう休んで貰おう。
池の上の洞穴なら、ゆっくり休めるだろう。
ララ、案内しなさい」
急にキコに促されて、気付くと、獣人クスシが大きな肉塊を噛りながら、こちらを見ている。
オモンは洞窟の更に奥の暗闇に導かれ、困惑した。
”これでは、外に出られない”
そうでなくとも、出入口にはあの大男が居る。
”捕えられた!”
第二章 チェレン獣人の岩屋を脱出する 1
淡い星の光が照す森の中。さらさらと雪解けの水が流れ出す。湖の氷が緩んで、大きな氷塊となって、風でがつんがつん、湖の中の小島に打ち寄せられている。
島の広場には小さな焚火が燃え、クリルは、自分を見詰めている子供達に話していた。
この島で育つ子供達は、まだ肌寒い季節に木の繊維を柔らかくして織り上げた衣服を着けただけだが、どの瞳も焚火の小さな光を受けてきらきら輝いている。
「このようにして、私達のこの世界を蘇らせたリュウはやって来たと、伝えられています。
それではリュウに真っ先に巡り合ったトロとオモンは、それから、どうしたでしょう?」
子供達は直ちに興奮して叫び出した。
「チェレン! チェレン! チェレン!」
クリルはにっこりと頷いた。
「そうです。では、オモンとチェレンの出合いを、次に話しましょう。
「寒い!」
暗い海から吹く北風に白い波が彼の立っている大岩に砕ける。
オモンは襟元を掻き合わせた。毛皮を纏っているにも拘らず、ぞくっとした。
波に洗われる滑りやすい岩を伝って、オモンは歩いていた。
沖は灰色に曇って、水平線は見分けられない。凪いだ海が鉛のように重い。
”ここが北の果てだ”
「痛!」
足にチクリとした感覚。見ると、掌ぐらいの石に大きな針が付いてもそもそ動いた。石には節があって、盛んに動いている。よく見ると、それはどの岩にもたくさん付いて、もそもそ動き廻っている。オモンを刺した奴は偶々当っただけのようだ。素知らぬ顔で離れて行く。
オモンは東側の視界を遮る程度の低い砂山に向った。
西の街に火の雨が降ったのは、つい去年のことのように思われる。
街から流れ込んだ難民を避けて、村人と北に逃げた彼は、一人ぼっちで怪異に囚われている所を、同じ村のトロやその父カラに救われた。
彼等の周囲にはリュウと鳥人ターナ以外誰も居なかった。草原にはラガーという大人しい動物と、生き物を見れば襲ってくる草原狼が居たが、夏にはリュウが捕えた数頭のラガー以外見かけなくなった。
カラ達は森や草原から穀物の原種を捜し出して畑を作った。カラもトロも元々真面目な農民だし、棒切れを振り回して遊んでいたオモンも農民の片割れだ。
夏が過ぎ、収穫の目途が立つと、リュウはトロとオモンに、何処かに人が生延びていないか、調べて来て欲しいと頼んだ。オモン達にもそれは必要だと思われた。
リュウと老いたカラが畑を守り、トロは東北に、オモンは北西に向った。
カラの地図によると、数日で海に着くだろうと思われたので、二人はそこで落合おうと約束していた。
砂丘に登って東の方を見ると、既に落葉した林が灰色の空の下に寒々しく広がる。その林を越えて険しい岩山が覗いている。
先程の寒気はその岩山から滲み出ているような気がする。
オモンは林にラガーを置いていた。野性のラガーだが、馴れやすく、可愛がると慕い寄って来る。
砂丘を下り林に入ると、日が翳って薄暗くなった。
立木に繋いだラガーの手綱を外していると、鋭い風を切る音と共に、激しい痛みを左腕に感じた。
「あ、しまった!」と、言う声。
一本の細い棒が腕に刺さっているのに気付く。
振返ると、十数人の人影が近付いて来た。
その先頭にいる者を見て、オモンは息を呑んだ。
”獣人か?”
獣人とは、獣の体に星人の上半身が付いた形の四本の足と二本の手を持つ人間である。
これは混血児に違いない。僅かの獣皮で身を覆った形は星人だが、毛深い身体と獣めいた容貌の巨大な男だった。
周囲に居るのは、ぼろ布や木の皮、稀に獣の皮を纏った星人の男達だ。
大男の横で華奢に見える若い男の手に簡単な作りの弓があった。
彼はまだ形を留めている布の衣服を着て、ぼんやり横の方を見ている。
若者の反対側で、抜け目なさそうな男がしきりに大男に耳打ちしている。木の皮を着たこの男は少し背が高く、大男の耳にやっと届いていた。
「チェレン、おまえは何を狙ったのだ」
大男が耳障りな声で喚いた。
「さっきまでここに居たラガーを狙った」
その若者が見ている方向にラガーは逃げ去っていた。
背の高い男は猶も、大男に囁いている。大男が胡散臭い目で見ると、彼はすっと大男から離れた。
「若いのがラガーと間違っておまえを傷つけた。すまなかったな。手当させるから一緒に来てくれ」
”気に入らんな。あの口には獣の牙がある”
彼等は狩からの帰りらしい。四人の男がかもしかに似た四つ足の獣を棒に括りつけて担いでいた。獲物の急所にはオモンの腕を傷つけたのと同じ細い棒が深々と刺さっており、頭部は無残にも叩き潰されている。
オモンは身震いした。
彼等は林の向うに見えていた険しい岩山に向った。
近付くと、その根元に洞窟の口が開いており、中に入ると、広く中央近くに小さな火が燃えて、幾つかの影が動いていた。煙はこの入口から流れ出ている。
オモンが横目で見ていると、大男はチェレンと呼んだ若者の弓矢を取上げ、奥の方に向って大声で喚いた。
「ララ、この役立たずめ、怪我人だ。手当してやれ」
火の光の届かない暗闇の中で動く気配がして、例の背の高い男が、その方にオモンを押しやった。
火の傍らでは先程の獲物が切刻まれている。
大男は入口を塞いで座込んだ。
たき火に近付いて、チェレンは小柄な人影に話し掛けられ、何かを手渡された。
「クリル、ありがとう。君は優しいね」
「昨夜、私は怖い夢を見た。
暗い夜がいつまでも明けない。
でもチェレン、貴方が矢を射ると朝になったわ」
「朝の来ない夜なんて、なかったじゃないか?」
チェレンはその白い物に齧り付いた。オモンの視線に気付くと、無邪気に笑って差し出す。
「あんたも食うかい?」
途端に周囲の男や女達の目付きが険しくなった。
オモンは急いでその場を離れ、示された暗闇に行った。
そこに一人の少女とも思える若い女がいることがわかった。
少女は蹲って、僅かに白く見える物、チェレンが女に貰って食べた物とどうやら同じ物を懸命に食べていた。
目の前に立ったオモンをぼんやりと見上げる。
”澄んだきれいな目だ”とオモンは感じた。
「海虫食べる?」
その白い物を差し出す。
「海虫?」
「岩の上を這っている針の付いた虫。
今日みたいに曇った日にはたくさん獲れる。
殻を取ると美味しい」
”ああ、あれがそうか”
と、オモンは先程海辺で自分の足を刺した針の付いた石を思い出した。
「チェレンにつけられた傷、治してあげる」
少女は汚れた指で矢を引抜くと、器用にくるくるとぼろ切れを巻き付けた。
「これで大丈夫。
海虫食べる?
チェレンの獲物、ここまで来ない」
広場には肉を焼くいい匂いが広がり始めた。隅でうごめく影は落着かないが、その場から動こうとはしない。
「クスシがまず食べる。
クスシの気が向けば、残りを皆が食べる。
奪い合いになるから危ない」
少女は火の方は見もせず、海虫の身をオモンの手に押し付けた。
食べてみると、つるんとして柔らかく旨い物だった。
「あの大男はクスシというのか」
「皆、クスシを怖がる。
一番強い。
誰も敵わない。
チェレンも怖がる。
キコも怖がる。
でもキコは賢い」
少女が更に暗闇に身を引いたので、オモンが振返ると、あの背の高い男が立っていた。
「ララ、客人は何か食べたか?」
「海虫を食べた」
男はオモンの方を向いて、その場に座った。
「私がキコ。あんたはどこから来たのかね」
「南の方だ。
砂漠と大きな草原を越えて来た。
どこかに人が居ないだろうかと、思ってな。
私の名はオモン」
「ここ以外に人が居たか?」
「見掛けなかった」
「そうだろうな。
西の街に火の雨が降ってから、俺達はここまで逃げて来た。この辺りは俺達だけだ。
他の奴らは、この南をもっと東に行った。
それも十何年も前の事だ。
草原には、大きな狼がいるのではないか?」
「夏は小さな群だし、一頭ぐらいなら、棍棒で十分だ」
男はじろじろ、値踏みするようにオモンを眺めた。
「おまえは一人か?
今まで、どのように暮していた?」
「友達が、一人いる。
東に行った。
私も行くつもりだ」
「東の森は危険な獣が多い。
止めた方がいい」
「ここは安全か? 住み易いか?」
オモンは逆に尋ねた。
男はちらっと後に視線だけを向け、言った。
「獣からは安全だ。
海虫や狩の獲物が充分あれば住み易い」
「獣人のことか?
どうして獣人がここにいるのだ?」
「街の金持が奴隷として使っていた。
始めは大人しかったし、重宝した。
食料のない冬、彼に食べさせなかったら、彼は金持を食べた。
私がまだ子供の頃だ」
「獣人を扱うのはむつかしいという事だが」
キコは答えず立ち上がって、少女の方を見た。
「それでは、もう休んで貰おう。
池の上の洞穴なら、ゆっくり休めるだろう。
ララ、案内しなさい」
急にキコに促されて、気付くと、獣人クスシが大きな肉塊を噛りながら、こちらを見ている。
オモンは洞窟の更に奥の暗闇に導かれ、困惑した。
”これでは、外に出られない”
そうでなくとも、出入口にはあの大男が居る。
”捕えられた!”
四兄弟神の星 6
四兄弟神の星 6
第一章 リュウ蛇人の山を越える 6
真夜中、リュウは獣の吠える声に目を覚ました。
”あれは、何かを呼んでいる。
草原の方だ”
耳を澄ますと、微かだが、それに応じるらしい声も幾つも聞える。
「夜、歩き廻るのはロクな奴じゃない。用心しよう」
トロを起こし、オモンを起こした。
カラが目を覚ますと言った。
「狼の狩の呼び声のようだ。
奴らは仲間を集めて狩をする」
「随分数が多そうだな」
「こちらに来ると面倒だぞ」
「木に登っていよう」
彼等は銘々の木に登った。
木の上から見ると、星明りの草原に幾つもの動く影、その中央にかたまった群。
「昼間、ターナが見付けた群だ」
それは狼に追われて逃げ惑っているらしい。
狼はみるみるうちにその群を囲んでしまった。
その群の動物は頭を中にして円陣を作る。
狼が飛び掛かると、強い後ろ足のバネが狼を蹴飛ばす。
一際大きな狼が大きく跳躍して、群の一番大きな奴に飛び掛かり、背にかぶりついた。
そいつは驚いて群から離れ、駆出した。
円陣が乱れ、他の狼は一斉に襲い掛かる。
何頭かは飛出して四方に逃げて行った。
始めに狼に飛び掛かられた一番大きな奴は森の方にめちゃめちゃに駆けて来、狼は振り落とされまいとその背に食らいついていた。
リュウはそれが真っ直ぐ自分の木の下に来るのを見ていた。
それで目の下を通り過ぎた時、ナイフを投げた。
ナイフは狙い通り狼の頭に刺さり、狼はその動物の背からどさりと地に投げ落とされた。
その動物も暫く走って、どさりと倒れてしまった。
リュウはナイフを抜取り、狼がもはや動かないのを確かめ、木から飛降りた。
倒れた動物に近付くと、それは起上がろうともがいていた。
リュウがナイフを構えると、それの目と合った。
澄んだきれいな目で、おまえはなぜ私を殺すのか、と問い掛けているようだった。
リュウはナイフを納め、その背中の傷口を調べて薬を塗ってやった。
そいつはもがくのを止めた。
「リュウ」
ターナの鋭い声。
何時の間にか、一頭の狼が忍び寄り、振返ったリュウに飛び掛かった。
リュウの手に再びナイフが煌めいた。
きゃうんという悲鳴と共にそいつが倒れ、辺りを見ると、なお二、三頭がリュウを狙っている。
この動物を追って来たのだ。
一頭がリュウを狙って飛上がった。
が、リュウまで届かず、どさっと落ちた。
その背に太い木の槍。
すぐもう一本が飛んで来て、他の狼の背を貫いた。
残った一頭は尻尾を巻いて草原に駆け戻って行った。
リュウは倒れたままのその動物を引起こしてやった。
トロが木から滑り下りて来た。
「リュウ、どうするつもりだ。
狼はまだ幾らでも近くに居るのだぞ」
「大きな火を焚けば襲って来ないよ。
それにあの獲物で満足しているさ」
リュウはその動物の首を叩きながら言った。
そいつはじっと仲間が狼に倒された方を見ていた。
「ああ、こいつも一人ぼっちになっちゃったのだ」
ターナが舞下りて、リュウの肩に止まりながら言った。
オモンとカラも下りて来て、大きな火を焚いた。
狼は近くまで来たが、火のせいか、満足しているせいか、襲っては来なかった。
リュウはその夜ずっと、その動物の手当をした。
そいつはそんなリュウを涼しい目で見詰めていた。
カラの辞書に寄ると、
昔、この星が大草原に覆われていた頃、大型の大人しい草食動物ラガーは至る所に棲息していた。しかし草原が畑になり街になると、姿を消し絶滅した、と伝えられている。
昔、大草原に君臨していた草原狼は、草原がなくなると共に東に去り、蛇人の山の向うの大魔境で滅亡した、と伝えられている。
第一章 リュウ蛇人の山を越える 6
真夜中、リュウは獣の吠える声に目を覚ました。
”あれは、何かを呼んでいる。
草原の方だ”
耳を澄ますと、微かだが、それに応じるらしい声も幾つも聞える。
「夜、歩き廻るのはロクな奴じゃない。用心しよう」
トロを起こし、オモンを起こした。
カラが目を覚ますと言った。
「狼の狩の呼び声のようだ。
奴らは仲間を集めて狩をする」
「随分数が多そうだな」
「こちらに来ると面倒だぞ」
「木に登っていよう」
彼等は銘々の木に登った。
木の上から見ると、星明りの草原に幾つもの動く影、その中央にかたまった群。
「昼間、ターナが見付けた群だ」
それは狼に追われて逃げ惑っているらしい。
狼はみるみるうちにその群を囲んでしまった。
その群の動物は頭を中にして円陣を作る。
狼が飛び掛かると、強い後ろ足のバネが狼を蹴飛ばす。
一際大きな狼が大きく跳躍して、群の一番大きな奴に飛び掛かり、背にかぶりついた。
そいつは驚いて群から離れ、駆出した。
円陣が乱れ、他の狼は一斉に襲い掛かる。
何頭かは飛出して四方に逃げて行った。
始めに狼に飛び掛かられた一番大きな奴は森の方にめちゃめちゃに駆けて来、狼は振り落とされまいとその背に食らいついていた。
リュウはそれが真っ直ぐ自分の木の下に来るのを見ていた。
それで目の下を通り過ぎた時、ナイフを投げた。
ナイフは狙い通り狼の頭に刺さり、狼はその動物の背からどさりと地に投げ落とされた。
その動物も暫く走って、どさりと倒れてしまった。
リュウはナイフを抜取り、狼がもはや動かないのを確かめ、木から飛降りた。
倒れた動物に近付くと、それは起上がろうともがいていた。
リュウがナイフを構えると、それの目と合った。
澄んだきれいな目で、おまえはなぜ私を殺すのか、と問い掛けているようだった。
リュウはナイフを納め、その背中の傷口を調べて薬を塗ってやった。
そいつはもがくのを止めた。
「リュウ」
ターナの鋭い声。
何時の間にか、一頭の狼が忍び寄り、振返ったリュウに飛び掛かった。
リュウの手に再びナイフが煌めいた。
きゃうんという悲鳴と共にそいつが倒れ、辺りを見ると、なお二、三頭がリュウを狙っている。
この動物を追って来たのだ。
一頭がリュウを狙って飛上がった。
が、リュウまで届かず、どさっと落ちた。
その背に太い木の槍。
すぐもう一本が飛んで来て、他の狼の背を貫いた。
残った一頭は尻尾を巻いて草原に駆け戻って行った。
リュウは倒れたままのその動物を引起こしてやった。
トロが木から滑り下りて来た。
「リュウ、どうするつもりだ。
狼はまだ幾らでも近くに居るのだぞ」
「大きな火を焚けば襲って来ないよ。
それにあの獲物で満足しているさ」
リュウはその動物の首を叩きながら言った。
そいつはじっと仲間が狼に倒された方を見ていた。
「ああ、こいつも一人ぼっちになっちゃったのだ」
ターナが舞下りて、リュウの肩に止まりながら言った。
オモンとカラも下りて来て、大きな火を焚いた。
狼は近くまで来たが、火のせいか、満足しているせいか、襲っては来なかった。
リュウはその夜ずっと、その動物の手当をした。
そいつはそんなリュウを涼しい目で見詰めていた。
カラの辞書に寄ると、
昔、この星が大草原に覆われていた頃、大型の大人しい草食動物ラガーは至る所に棲息していた。しかし草原が畑になり街になると、姿を消し絶滅した、と伝えられている。
昔、大草原に君臨していた草原狼は、草原がなくなると共に東に去り、蛇人の山の向うの大魔境で滅亡した、と伝えられている。
四兄弟神の星 5 第一章
四兄弟神の星 5
第一章 リュウ蛇人の山を越える 5
ターナの話にカラは目を剥いた。
「トロとオモンじゃと、今までこんな所で何をしておったのじゃ。
トロは一年程してから北に様子を見に行った儂の息子。
オモンは儂等の村一番の悪童だ。仕事もせんで棒切れを振り回しとった」
「ターナ、その二人に川上に向うように言ってくれ。
森に入れる所を見つけ、僕達も川を渡る」
「あの二人は僕を両方から引張ったの。
とても痛かった」
「ターナ、おまえはよく我慢した。
僕はおまえを見直したよ。
あの二人もおまえに感謝するだろう」
褒められてターナは気をよくして、飛立って行った。
夜になれば、あの川はまたリュウ達や向うに居るトロ達を呑み込もうとするかも知れない。それまでに何とかしなければ。
川を見ると、広く深く流れは早い。
「カラ、この流れを泳ぎ切れるか?」
「儂には無理じゃのう」
「紐を結びつけてやる。
それを向うの二人に引張らせよう。
この紐は僕の腰とこのナイフを繋いでいる。
物心着いた時から、繋がっていて、外せない。細いけれど、切る事もできない。
僕が先ず渡る。
ターナにナイフを持って戻らせるから、カラはナイフの紐を体に結び付けて、渡ってくれ。
大丈夫。細いけれど体に食込んだりしない」
リュウは先ずターナにそのナイフを二人の男の元に運ばせた。
歩ける間は歩き、足が立たなくなって、二人に引張らせ、泳いだ。
同じようにして、カラを渡した。
「ほう、本物のトロとオモンじゃ」
対岸で待つ二人の男をカラは認めたが、男達は奇妙な顔で、カラを見るばかりだ。
木々はずっと密生しており、森に入る余地はなかった。
川との間は少しの砂地が続く。
日が西に傾きかけている。
急がなければならない。
不審な面持ちの男達を促して、リュウは歩き始めた。
”なぜ、トロは自分の父を認めないのだろう。
なぜ、オモンは自分の村長を認めないのだろう?”
二人とも、かなり弱っているようだ。
それでも、川を泳ぎ渡って疲れた老人を助けて、リュウについて来る。
ターナが前方に草地を見付けた。
食料としての草の根を得る以外に、そこなら、夜もあの怪異に襲われる事はないだろう、とリュウは希望を持った。
しかし、いまいましい事にターナには距離感が全くない。
彼にとって見える所は全てすぐそこなのだ。
日が落ちてもその草地が見えなかった時、リュウは腹を立てて、ターナを殴った。
「僕達が昼の間にどれだけ歩いたか、わかるだろう。
その距離と草地までの距離を比べて来い」
ターナはなぜ叱られたのかわからず、リュウの機嫌の悪いのを気にして、命じられた通りすぐに飛上がった。
この辺りで先夜のように川や砂が襲って来た時、どう対処するか、考えないといけない。
森の木を調べると、カラは、またトロもオモンも木の幹に毒液が滲み出ている、と言った。
木に頼る事は出来ない。
歩き続ける事も出来ない。
適当に休まないと。
川は波が高くなった様子だ。
波の音が大きい。
砂もさらさらと鳴っている。
リュウはいらいらした。
リュウが立止まったので、カラはその場にしゃがみ込みうたた寝を始めた。
「おまえ達も少し休んでいていいよ」
リュウは言った。
オモンはしゃがみ込んだが、トロはリュウやカラを見て立っていた。
「一体、どういう事だ? これは」
「昨夜、おまえ達はあの砂の中から出て来た。
砂や川は私達人間を捕えようとする。
僕達は昨夜は川の南の丘の上に居た。
僕達を捕えようとして怪異は移動し、捕えていたおまえ達を解放した。というわけだ」
「川や砂が襲って来る?」
「カラの書物に書いてある」
「このじいさんは本当にカラか?」
「僕は数日前に会っただけだ。
本人はそう言っている。
おまえはカラの息子ではないのか?」
「そうだ。
しかしカラはこんなに年取っていなかった。
カラなら私の娘はどうしたろう?」
「おまえが北に向ってから、四年して蛇人にさらわれたらしい」
「四年だと?」
「西の街に火の雨が降ってから十七年経っている。
おまえはきっと、一年後に怪異に捕えられた。
それから年が経っていない。
きっとオモンはその年のままだ。
しかし、カラはその間も年を取り続けた」
話をする間にも辺りは奇妙な暗さに覆われ始める。
さらさらと砂が寄せて来る。
リュウは砂を蹴飛ばした。
川の流れが変った事に気付く。
静かに静かに忍び寄る気配。
静かに静かに水がせり上がる。
目を凝らして見詰める。
眠ってはいなかったオモンも立上がった。
ざっぶーん
最初の大波が寄せた。
オモンが拳で波頭を殴った。
波はとんとんとんと引いて行った。
次の波がひたひたと足元を濡らし、やんわり足首を掴む。
反射的に蹴飛ばす。
「カラ、立っていて下さい」
どどーん
波は大挙して迫った。
例の筒で水面をめちゃめちゃに打った。
水面はぐんぐん上昇しリュウの小さな体は真っ先に没した。
筒を口にくわえ、上を向けた。
ぎりぎりと水が自分を引き込もうとしている。
「うああ」
老人の悲鳴が水の上から聞える。
リュウは目を開いた。
渦の中心が静しずと近付いて来る。
それと知ると、さっと筒を下ろし、その方に向けて、握りのボタンを押す。
水中で耳がキーンと鳴る。
超音波だ。
黒い物がふんわり揺らいだ。
耳の痛みを堪えて、なおも超音波を浴びせる。
黒い物は徐に退いて行く。
水面が下がり、頭が出た。
ほうと大息をつき、なおも超音波を発射し続ける。
黒い物は水面下でもう見えないが、筒が水中にある限りそれらしい箇所に向けて発射した。
「リュウ、草地までは、あの丘からここまでの半分だよ」
ターナの声に気付くと、辺りは薄明るくなっていた。
”くそ! 今まで隠れていたな!”
その草地は西に大きく広がっていた。
川はその辺りでは幾本もの細流で草地に隠れている。
森も、もうあのように意地悪く密生していない。
明るい林だった。
その叢で休憩し、トロとオモンはカラ老人と別れてからの事を互に話し合った。
リュウは傍らでひっくり返り、ターナは森に食べ物を捜しに行った。
トロはやっとこれが十六年経った父の姿だと考えるようになった。
オモンとは一年しか違わないので、違和感はなかったが、十六年は大きい。
父と別れた時、父はまだ壮年と言ってもいいくらいだったのだ。
父は年を取り、トロもオモンも若いままだった。
日が傾く前にリュウは三人を促して出発した。
もっと川から離れたい。
森に沿って、草原を北に向う。
日が暮れると、森はずれでたき火を焚いた。
「森には動物もいるだろう。
狩をして食い物を捜そう」
四人は話し合った。
「その前に得物になるような木の枝を捜そう。
俺達は何も武器を持っていない。
オモンは槍の使い方を知っている。
昔はよく親父に叱られていたが、今では、俺はオモンに習わなきゃならんな」
と、トロは笑った。
翌朝は小鳥の声に目が覚めた。
四人ともぐっすり眠っていたが、ターナの姿だけ見えなかった。
にぎやかな小鳥の囀りと朝の光が眩しかった。
”ターナの奴、小鳥を追い掛けて行ったな”
草の根で食事を済まし、カラの書物はトロが背負い、再び出発した。
北へは緩やかな登りだった。
森には大人しい動物が多く、柔らかい新芽もおいしい上等の食べ物だ。
仲間も増えたし、リュウはのんびりした気分で進んで行った。
トロとオモンは木の枝で槍を作り、リュウもその使い方を習った。
山は次第に高くなり、遂に木がなくなり草原になった。
ターナはその草原で首が長く四本の足が細く長い草を食む大きな動物の群を見付けた。
彼が舞下りると、群は驚いて、一散に駆けて行った。
「とても足の早い動物だよ。
僕がゆっくり飛ぶぐらい」
ターナは戻ってリュウに知らせた。
リュウ達はこの草原を越えるべきか、西に行くべきか、相談していた。
カラはこれ以上北は海だった、と言う。
この草原の向うが海なのか、それとも大異変で変ってしまったかも知れない。
森の外れから見ると、地平線近くに小高い丘が見えた。
カラがその丘を指差した。
「今日はもう遅いから、明日夜明けと共に出掛けて、あの丘に登って様子を見よう。
それから決めよう」
五人は木立の間に眠った。
第一章 リュウ蛇人の山を越える 5
ターナの話にカラは目を剥いた。
「トロとオモンじゃと、今までこんな所で何をしておったのじゃ。
トロは一年程してから北に様子を見に行った儂の息子。
オモンは儂等の村一番の悪童だ。仕事もせんで棒切れを振り回しとった」
「ターナ、その二人に川上に向うように言ってくれ。
森に入れる所を見つけ、僕達も川を渡る」
「あの二人は僕を両方から引張ったの。
とても痛かった」
「ターナ、おまえはよく我慢した。
僕はおまえを見直したよ。
あの二人もおまえに感謝するだろう」
褒められてターナは気をよくして、飛立って行った。
夜になれば、あの川はまたリュウ達や向うに居るトロ達を呑み込もうとするかも知れない。それまでに何とかしなければ。
川を見ると、広く深く流れは早い。
「カラ、この流れを泳ぎ切れるか?」
「儂には無理じゃのう」
「紐を結びつけてやる。
それを向うの二人に引張らせよう。
この紐は僕の腰とこのナイフを繋いでいる。
物心着いた時から、繋がっていて、外せない。細いけれど、切る事もできない。
僕が先ず渡る。
ターナにナイフを持って戻らせるから、カラはナイフの紐を体に結び付けて、渡ってくれ。
大丈夫。細いけれど体に食込んだりしない」
リュウは先ずターナにそのナイフを二人の男の元に運ばせた。
歩ける間は歩き、足が立たなくなって、二人に引張らせ、泳いだ。
同じようにして、カラを渡した。
「ほう、本物のトロとオモンじゃ」
対岸で待つ二人の男をカラは認めたが、男達は奇妙な顔で、カラを見るばかりだ。
木々はずっと密生しており、森に入る余地はなかった。
川との間は少しの砂地が続く。
日が西に傾きかけている。
急がなければならない。
不審な面持ちの男達を促して、リュウは歩き始めた。
”なぜ、トロは自分の父を認めないのだろう。
なぜ、オモンは自分の村長を認めないのだろう?”
二人とも、かなり弱っているようだ。
それでも、川を泳ぎ渡って疲れた老人を助けて、リュウについて来る。
ターナが前方に草地を見付けた。
食料としての草の根を得る以外に、そこなら、夜もあの怪異に襲われる事はないだろう、とリュウは希望を持った。
しかし、いまいましい事にターナには距離感が全くない。
彼にとって見える所は全てすぐそこなのだ。
日が落ちてもその草地が見えなかった時、リュウは腹を立てて、ターナを殴った。
「僕達が昼の間にどれだけ歩いたか、わかるだろう。
その距離と草地までの距離を比べて来い」
ターナはなぜ叱られたのかわからず、リュウの機嫌の悪いのを気にして、命じられた通りすぐに飛上がった。
この辺りで先夜のように川や砂が襲って来た時、どう対処するか、考えないといけない。
森の木を調べると、カラは、またトロもオモンも木の幹に毒液が滲み出ている、と言った。
木に頼る事は出来ない。
歩き続ける事も出来ない。
適当に休まないと。
川は波が高くなった様子だ。
波の音が大きい。
砂もさらさらと鳴っている。
リュウはいらいらした。
リュウが立止まったので、カラはその場にしゃがみ込みうたた寝を始めた。
「おまえ達も少し休んでいていいよ」
リュウは言った。
オモンはしゃがみ込んだが、トロはリュウやカラを見て立っていた。
「一体、どういう事だ? これは」
「昨夜、おまえ達はあの砂の中から出て来た。
砂や川は私達人間を捕えようとする。
僕達は昨夜は川の南の丘の上に居た。
僕達を捕えようとして怪異は移動し、捕えていたおまえ達を解放した。というわけだ」
「川や砂が襲って来る?」
「カラの書物に書いてある」
「このじいさんは本当にカラか?」
「僕は数日前に会っただけだ。
本人はそう言っている。
おまえはカラの息子ではないのか?」
「そうだ。
しかしカラはこんなに年取っていなかった。
カラなら私の娘はどうしたろう?」
「おまえが北に向ってから、四年して蛇人にさらわれたらしい」
「四年だと?」
「西の街に火の雨が降ってから十七年経っている。
おまえはきっと、一年後に怪異に捕えられた。
それから年が経っていない。
きっとオモンはその年のままだ。
しかし、カラはその間も年を取り続けた」
話をする間にも辺りは奇妙な暗さに覆われ始める。
さらさらと砂が寄せて来る。
リュウは砂を蹴飛ばした。
川の流れが変った事に気付く。
静かに静かに忍び寄る気配。
静かに静かに水がせり上がる。
目を凝らして見詰める。
眠ってはいなかったオモンも立上がった。
ざっぶーん
最初の大波が寄せた。
オモンが拳で波頭を殴った。
波はとんとんとんと引いて行った。
次の波がひたひたと足元を濡らし、やんわり足首を掴む。
反射的に蹴飛ばす。
「カラ、立っていて下さい」
どどーん
波は大挙して迫った。
例の筒で水面をめちゃめちゃに打った。
水面はぐんぐん上昇しリュウの小さな体は真っ先に没した。
筒を口にくわえ、上を向けた。
ぎりぎりと水が自分を引き込もうとしている。
「うああ」
老人の悲鳴が水の上から聞える。
リュウは目を開いた。
渦の中心が静しずと近付いて来る。
それと知ると、さっと筒を下ろし、その方に向けて、握りのボタンを押す。
水中で耳がキーンと鳴る。
超音波だ。
黒い物がふんわり揺らいだ。
耳の痛みを堪えて、なおも超音波を浴びせる。
黒い物は徐に退いて行く。
水面が下がり、頭が出た。
ほうと大息をつき、なおも超音波を発射し続ける。
黒い物は水面下でもう見えないが、筒が水中にある限りそれらしい箇所に向けて発射した。
「リュウ、草地までは、あの丘からここまでの半分だよ」
ターナの声に気付くと、辺りは薄明るくなっていた。
”くそ! 今まで隠れていたな!”
その草地は西に大きく広がっていた。
川はその辺りでは幾本もの細流で草地に隠れている。
森も、もうあのように意地悪く密生していない。
明るい林だった。
その叢で休憩し、トロとオモンはカラ老人と別れてからの事を互に話し合った。
リュウは傍らでひっくり返り、ターナは森に食べ物を捜しに行った。
トロはやっとこれが十六年経った父の姿だと考えるようになった。
オモンとは一年しか違わないので、違和感はなかったが、十六年は大きい。
父と別れた時、父はまだ壮年と言ってもいいくらいだったのだ。
父は年を取り、トロもオモンも若いままだった。
日が傾く前にリュウは三人を促して出発した。
もっと川から離れたい。
森に沿って、草原を北に向う。
日が暮れると、森はずれでたき火を焚いた。
「森には動物もいるだろう。
狩をして食い物を捜そう」
四人は話し合った。
「その前に得物になるような木の枝を捜そう。
俺達は何も武器を持っていない。
オモンは槍の使い方を知っている。
昔はよく親父に叱られていたが、今では、俺はオモンに習わなきゃならんな」
と、トロは笑った。
翌朝は小鳥の声に目が覚めた。
四人ともぐっすり眠っていたが、ターナの姿だけ見えなかった。
にぎやかな小鳥の囀りと朝の光が眩しかった。
”ターナの奴、小鳥を追い掛けて行ったな”
草の根で食事を済まし、カラの書物はトロが背負い、再び出発した。
北へは緩やかな登りだった。
森には大人しい動物が多く、柔らかい新芽もおいしい上等の食べ物だ。
仲間も増えたし、リュウはのんびりした気分で進んで行った。
トロとオモンは木の枝で槍を作り、リュウもその使い方を習った。
山は次第に高くなり、遂に木がなくなり草原になった。
ターナはその草原で首が長く四本の足が細く長い草を食む大きな動物の群を見付けた。
彼が舞下りると、群は驚いて、一散に駆けて行った。
「とても足の早い動物だよ。
僕がゆっくり飛ぶぐらい」
ターナは戻ってリュウに知らせた。
リュウ達はこの草原を越えるべきか、西に行くべきか、相談していた。
カラはこれ以上北は海だった、と言う。
この草原の向うが海なのか、それとも大異変で変ってしまったかも知れない。
森の外れから見ると、地平線近くに小高い丘が見えた。
カラがその丘を指差した。
「今日はもう遅いから、明日夜明けと共に出掛けて、あの丘に登って様子を見よう。
それから決めよう」
五人は木立の間に眠った。
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