四兄弟神の星2
四兄弟神の星2
第一章 リュウ 蛇人の山を越える 2
暗い空洞が目の高さにあった。奥がどのくらいか、入口が狭くてわからないが、人一人潜り込めそうだった。
うねうねと指程の地虫が一匹空洞の入口に這っていた。
「あ、御馳走」
リュウの前を歩いていて、彼が立ち止まったので、ぱたぱたと引き返して来たターナが目ざとく見つけて、太いくちばしでつついた。うねうねと地虫はターナの口に吸い込まれていった。
「ほう、本物の鳥人じゃ」
空洞の中からしわがれた声がし、黒いカンバスに平面的な顔が浮かび上がった。
”人の、年取った顔だ”
と、リュウは思った。
その顔がくしゃくしゃと立体化し、口が開いた。
「どうして、鳥人がこんな所にいるのだろう?」
ターナは、それを見つめているリュウを振り仰いだ。
「僕、ターナ。
僕が生まれた時、蛇しか食べる物がなかったので、そう名づけたのだって」
その顔はまたくしゃくしゃと立体的に動き、目がまん丸になった。
「ターナ!」
丸い目がリュウの冷たい目を覗き込んだ。
「おまえは東から来た。蛇人の山を越えて来たのか?」
「そうだ」
「言伝えに、蛇人の山を越えるにはターナを友としなければならん、とある。
おまえは誰だ?」
「ターナは僕が勝手につけた名だ。
言伝えなんか知らん。
あんたから名乗れよ」
「何? 年寄りに対する礼儀を知らん奴だ」
「あんたが僕より年寄りだなんて、どうしてわかる?」
「・・・」
「僕はこのように全身を入日に曝している。
あんたはその顔だけだ。
それではどのようにも判断できない」
その顔の中の口がもごもご動いた。
ふっと、顔が掻き消え、すぐに現れた時は、草の根を持つ骨と一緒だった。
その手の形の骨に縮んだ皮と筋が絡んでいる
「これが、食えるか?」
「蛇の山を越える時、大きな蛇がこいつに化けて、僕を食べようとした。
食いしん坊のこいつが,僕の持っていた果物を食べようとしなかったので、おかしいと思って助かった。
おまえにそれが食えるなら、僕にも食える」
リュウは手を出して、草の根を受け取り、半分にして返した。
そして、その顔が食べるのを見つめながら、口に入れた。
うまいものではない。
しかしリュウの丈夫な胃袋はどうやらそれを受け入れたようだ。
蛇人が化けているのではないと、わかって、その顔は安心したようだ。
微妙な変化があった。
「蛇人でなければ、信用できるのか?」
「蛇人は殆ど悪さをする。
他はいい奴も悪い奴も居る。
悪い奴なら運が悪かったのだ」
「ふん」
「もう日が暮れる。
旅を急ぐのなら行くがいい。
休むつもりなら、わしの寝倉の片隅を貸してやる」
「もし、おまえが悪い奴で眠っている間に、僕達を殺して腹の足しにしようとするなら、それは運が悪かったと言うのだな」
「逆も言えるぞ」
「宿の名前はなんというのだ?」
「カラ、正式にはもっと長い。
しかし、ずっとそう呼ばれて来たし、今、本当の名前など意味がない」
「カラ? からっぽのカラ?」
「おまえの名前は」
「宿帳にはリュウと書いておいてくれ」
リュウは窟に潜り込みながら言った。
その名を聞いてカラの顔に驚きが浮かんだが、リュウは気付かない。
それより、彼の身に着けた何枚もの銅の小札が、入口の凹凸に引っ掛り、二、三枚外れたのに、彼らしくもなく慌てて、拾い集めた。
「おまえは変な物を身に着けている。
それはなんだ?」
洞窟の薄暗がりの中で、干からびて毛のない頭ばかりが大きな老人がこちらを見ている。
前で斜に合せるぼろぼろだが暖かそうな長い衣服を身に着けていた。
「赤ん坊の時から着けている。
小さい時は何重にも重なっていた。
同じ数だから大きくなると、づらせて綴り、だんだん薄くなる。
大人になるとこれだけでは全身を覆えなくなる。
でも、その頃にはこの星の放射能はずいぶん薄まって、銅のプロテクトを着けなくても安全になっていると、父は言っていた」
洞窟の中は老人一人が横になるとそれで一杯だ。
しかしリュウやターナの小さな身体が片隅に寝れない事はない。
日は落ち、すっかり暗くなっていた。
「暖かいね」
ターナがリュウに寄り添いながら言った。
リュウは老人に向き合った。
「僕の父はずいぶんな年で、もう育てられないからと、小さなボートに僕を乗せて海に流した。
上陸したのは黒い岬で魔法の国があった。
その国は鳥人の山を攻めた。
鳥人の王は殺され、后も卵を抱いたまま殺された。
僕はその卵を持って燃える鳥人の城から逃げた。
途中、硫酸の池に棲む大蛙や根元で一つになっている大蛇の群や、口の大きなずだ袋の砂虫が襲って来る森、それでいて何も食べる物のない所で、こいつが卵から孵った。
食い物には困ったけど、目が二つ増えたので少し安全にはなった。
その森から抜けるには大断層を登らないといけなかったが、こいつの羽のおかげで蛇人の山に入れた。
僕は更に西に向かうつもりだが、これから先はどうなっているだろう?」
「おまえの質問には、わからん、としか答えられん。
というのは
昔、西の街に火の雨が降る前は、このあたり、平和な農村だった。
わしはそのうちの一つの村で村長をしていた。
西には大きな街が幾つもあり、南は海だが港町があって、大きな船が海を覆うぐらい行き来していた。
東は蛇人の山、北は砂漠とその向こうは海だった。
火の雨は西と南で降った。
数日して草木が枯れ始め、小さな家畜は死に、子供達は元気がなくなった。
そしてじゃ、もっと恐ろしい事が数十日後に起こった。
西の街の人間が大勢、逃げて来たのよ。
どの村もそいつらに襲われ、食い物を奪われ、家を焼かれ、殺されたりもした。
襲った人間も、襲われた人間も北に逃げた。
村の人間も逃げた。
家を焼かれ、作物が収穫出来ない。
皆気が狂ったように逃げた。
わしはこの洞窟に隠れた。
砂漠や海に逃げてどうなるものか。
気が付くと、息子と孫娘の三人だけだった。
一年程して、息子は他の人々を捜しに北に行った。
それきり戻って来ない。
わしが食い物を捜しに行った間に孫もおらんようになった。
蛇人にさらわれたに違いない。
それで、ずっと一人じゃ」
「西にも南にも火の雨が降ったのなら、ここよりもっと生き物は居ないわけだ。
こんな荒地が続いているのね。
しかし、東の蛇人は生き延びていた。
人々が向った北の砂漠と海には可能性はある。
そちらに行ってみよう」
カラ老人は様子を伺うような目付きでリュウを見た。
「お前は人間のいる所を捜しているのか?」
「僕が父と別れてから会ったのは、つるむことしか考えない女達と、その女の相手を殺すことしか考えない男達だけだった。
この星では人間とはそんなものか?」
「おまえは先程から、この星の放射能、この星の人間と言う。
おまえはこの星の者ではないのか?」
「この星に大量の原子爆弾が投下された時、僕の父は調査のために遠い宇宙からこの星に向った。
でも、途中で仲間割れして、父は一人、宇宙に放り出された。
その時、父は母の胎内に有った僕を人口子宮に移して、この星に連れて来た。
だから僕には、生れる前から母は居ない」
リュウは横になった。
ターナもぺちゃと彼にくっついて横になる。
「今日は暑いから離れてくれ」
ターナはがっかりしてこそこそと片隅に引込んだ。
「遠い宇宙から来た?
母が居ないのに生れた?」
カラはぶつぶつ言った。
彼は彼なりにその事を理解したようだった。
「この星の人間は何を考え、何を目的に生きているの?」
「それはリュウよ、これから、おまえが色々な人に出会って、自ずと知る事になるだろう。
儂に尋ねても、儂の事しか答えられん。
大異変前は、息子の事や、嫁の事で悩んだり、可愛い孫を自慢したり、また村人のもめごとを真剣に考えていた。
また、村人も自分の損得に懸命だった。
それが、あの大異変であっと言う間に全てなくなった。
あの努力、悩み、誇りは何だったのか?
今は虫けらのように食い物を捜して地を這いずり廻っている」
傍らで老人も横になるのが、感じられた。
リュウは老人の言葉を頭の中で繰返した。
”今まで僕が出会った中で一番まともな人間だ!
やっと人の居る所に辿り着いたのだ”
第一章 リュウ 蛇人の山を越える 2
暗い空洞が目の高さにあった。奥がどのくらいか、入口が狭くてわからないが、人一人潜り込めそうだった。
うねうねと指程の地虫が一匹空洞の入口に這っていた。
「あ、御馳走」
リュウの前を歩いていて、彼が立ち止まったので、ぱたぱたと引き返して来たターナが目ざとく見つけて、太いくちばしでつついた。うねうねと地虫はターナの口に吸い込まれていった。
「ほう、本物の鳥人じゃ」
空洞の中からしわがれた声がし、黒いカンバスに平面的な顔が浮かび上がった。
”人の、年取った顔だ”
と、リュウは思った。
その顔がくしゃくしゃと立体化し、口が開いた。
「どうして、鳥人がこんな所にいるのだろう?」
ターナは、それを見つめているリュウを振り仰いだ。
「僕、ターナ。
僕が生まれた時、蛇しか食べる物がなかったので、そう名づけたのだって」
その顔はまたくしゃくしゃと立体的に動き、目がまん丸になった。
「ターナ!」
丸い目がリュウの冷たい目を覗き込んだ。
「おまえは東から来た。蛇人の山を越えて来たのか?」
「そうだ」
「言伝えに、蛇人の山を越えるにはターナを友としなければならん、とある。
おまえは誰だ?」
「ターナは僕が勝手につけた名だ。
言伝えなんか知らん。
あんたから名乗れよ」
「何? 年寄りに対する礼儀を知らん奴だ」
「あんたが僕より年寄りだなんて、どうしてわかる?」
「・・・」
「僕はこのように全身を入日に曝している。
あんたはその顔だけだ。
それではどのようにも判断できない」
その顔の中の口がもごもご動いた。
ふっと、顔が掻き消え、すぐに現れた時は、草の根を持つ骨と一緒だった。
その手の形の骨に縮んだ皮と筋が絡んでいる
「これが、食えるか?」
「蛇の山を越える時、大きな蛇がこいつに化けて、僕を食べようとした。
食いしん坊のこいつが,僕の持っていた果物を食べようとしなかったので、おかしいと思って助かった。
おまえにそれが食えるなら、僕にも食える」
リュウは手を出して、草の根を受け取り、半分にして返した。
そして、その顔が食べるのを見つめながら、口に入れた。
うまいものではない。
しかしリュウの丈夫な胃袋はどうやらそれを受け入れたようだ。
蛇人が化けているのではないと、わかって、その顔は安心したようだ。
微妙な変化があった。
「蛇人でなければ、信用できるのか?」
「蛇人は殆ど悪さをする。
他はいい奴も悪い奴も居る。
悪い奴なら運が悪かったのだ」
「ふん」
「もう日が暮れる。
旅を急ぐのなら行くがいい。
休むつもりなら、わしの寝倉の片隅を貸してやる」
「もし、おまえが悪い奴で眠っている間に、僕達を殺して腹の足しにしようとするなら、それは運が悪かったと言うのだな」
「逆も言えるぞ」
「宿の名前はなんというのだ?」
「カラ、正式にはもっと長い。
しかし、ずっとそう呼ばれて来たし、今、本当の名前など意味がない」
「カラ? からっぽのカラ?」
「おまえの名前は」
「宿帳にはリュウと書いておいてくれ」
リュウは窟に潜り込みながら言った。
その名を聞いてカラの顔に驚きが浮かんだが、リュウは気付かない。
それより、彼の身に着けた何枚もの銅の小札が、入口の凹凸に引っ掛り、二、三枚外れたのに、彼らしくもなく慌てて、拾い集めた。
「おまえは変な物を身に着けている。
それはなんだ?」
洞窟の薄暗がりの中で、干からびて毛のない頭ばかりが大きな老人がこちらを見ている。
前で斜に合せるぼろぼろだが暖かそうな長い衣服を身に着けていた。
「赤ん坊の時から着けている。
小さい時は何重にも重なっていた。
同じ数だから大きくなると、づらせて綴り、だんだん薄くなる。
大人になるとこれだけでは全身を覆えなくなる。
でも、その頃にはこの星の放射能はずいぶん薄まって、銅のプロテクトを着けなくても安全になっていると、父は言っていた」
洞窟の中は老人一人が横になるとそれで一杯だ。
しかしリュウやターナの小さな身体が片隅に寝れない事はない。
日は落ち、すっかり暗くなっていた。
「暖かいね」
ターナがリュウに寄り添いながら言った。
リュウは老人に向き合った。
「僕の父はずいぶんな年で、もう育てられないからと、小さなボートに僕を乗せて海に流した。
上陸したのは黒い岬で魔法の国があった。
その国は鳥人の山を攻めた。
鳥人の王は殺され、后も卵を抱いたまま殺された。
僕はその卵を持って燃える鳥人の城から逃げた。
途中、硫酸の池に棲む大蛙や根元で一つになっている大蛇の群や、口の大きなずだ袋の砂虫が襲って来る森、それでいて何も食べる物のない所で、こいつが卵から孵った。
食い物には困ったけど、目が二つ増えたので少し安全にはなった。
その森から抜けるには大断層を登らないといけなかったが、こいつの羽のおかげで蛇人の山に入れた。
僕は更に西に向かうつもりだが、これから先はどうなっているだろう?」
「おまえの質問には、わからん、としか答えられん。
というのは
昔、西の街に火の雨が降る前は、このあたり、平和な農村だった。
わしはそのうちの一つの村で村長をしていた。
西には大きな街が幾つもあり、南は海だが港町があって、大きな船が海を覆うぐらい行き来していた。
東は蛇人の山、北は砂漠とその向こうは海だった。
火の雨は西と南で降った。
数日して草木が枯れ始め、小さな家畜は死に、子供達は元気がなくなった。
そしてじゃ、もっと恐ろしい事が数十日後に起こった。
西の街の人間が大勢、逃げて来たのよ。
どの村もそいつらに襲われ、食い物を奪われ、家を焼かれ、殺されたりもした。
襲った人間も、襲われた人間も北に逃げた。
村の人間も逃げた。
家を焼かれ、作物が収穫出来ない。
皆気が狂ったように逃げた。
わしはこの洞窟に隠れた。
砂漠や海に逃げてどうなるものか。
気が付くと、息子と孫娘の三人だけだった。
一年程して、息子は他の人々を捜しに北に行った。
それきり戻って来ない。
わしが食い物を捜しに行った間に孫もおらんようになった。
蛇人にさらわれたに違いない。
それで、ずっと一人じゃ」
「西にも南にも火の雨が降ったのなら、ここよりもっと生き物は居ないわけだ。
こんな荒地が続いているのね。
しかし、東の蛇人は生き延びていた。
人々が向った北の砂漠と海には可能性はある。
そちらに行ってみよう」
カラ老人は様子を伺うような目付きでリュウを見た。
「お前は人間のいる所を捜しているのか?」
「僕が父と別れてから会ったのは、つるむことしか考えない女達と、その女の相手を殺すことしか考えない男達だけだった。
この星では人間とはそんなものか?」
「おまえは先程から、この星の放射能、この星の人間と言う。
おまえはこの星の者ではないのか?」
「この星に大量の原子爆弾が投下された時、僕の父は調査のために遠い宇宙からこの星に向った。
でも、途中で仲間割れして、父は一人、宇宙に放り出された。
その時、父は母の胎内に有った僕を人口子宮に移して、この星に連れて来た。
だから僕には、生れる前から母は居ない」
リュウは横になった。
ターナもぺちゃと彼にくっついて横になる。
「今日は暑いから離れてくれ」
ターナはがっかりしてこそこそと片隅に引込んだ。
「遠い宇宙から来た?
母が居ないのに生れた?」
カラはぶつぶつ言った。
彼は彼なりにその事を理解したようだった。
「この星の人間は何を考え、何を目的に生きているの?」
「それはリュウよ、これから、おまえが色々な人に出会って、自ずと知る事になるだろう。
儂に尋ねても、儂の事しか答えられん。
大異変前は、息子の事や、嫁の事で悩んだり、可愛い孫を自慢したり、また村人のもめごとを真剣に考えていた。
また、村人も自分の損得に懸命だった。
それが、あの大異変であっと言う間に全てなくなった。
あの努力、悩み、誇りは何だったのか?
今は虫けらのように食い物を捜して地を這いずり廻っている」
傍らで老人も横になるのが、感じられた。
リュウは老人の言葉を頭の中で繰返した。
”今まで僕が出会った中で一番まともな人間だ!
やっと人の居る所に辿り着いたのだ”
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