炎の惑星 3

「山かな、森かな。あの赤い火は火山かな」
「森であるわけない。生命反応ゼロだ」
と、一郎は素気なく言った。
「地球を、故郷を思い出すなあ」
と、輝樹。
「花園島の朝波湾か、君は夜中でもよく泳ぎに行ったからな」
 輝樹はぎくっとして、一瞬青ざめた顔を一郎からそむけた。


 夜の朝波湾で一人泳いでいた時の事が思い出されたのだ。
 それはまだ十歳になるかならずの時だった。

 月が出ていた。
 波に揺れる月影を壊さないように、そっと海中から顔を出した。
 岩礁が外海の荒々しい波を防いでいた。
 一人だけと思った浜に、人影があった。
 子供を連れた男。
 春樹はすぐに素彦様と葉一だと気づいた。
 素彦様は銀色のタイトスーツ。短く刈った銀髪が月の光に映えている。
 薄い布を羽織っただけの葉一は拾った貝殻をもてあそんでいた。
 素彦様の声がした。
 聞くつもりはなかった。
 素彦様は彼らにとって絶対者だった。彼が死すべきと決めた人はどんなにしても逃れる事は出来なかったし、生きるべきと決めた者はどんなに瀕死の者でも甦った。
 彼が拒否した事がなされる事はなかった。
 葉一は彼の次男だ。
 瞳の大きな愛くるしい少年で、誰からも好かれた。
 誰をも愛した。
「葉一、お前が一番望む事は何だろうね」
「大きくなりたい」
 幼い葉一は無邪気に答える。
 父は微笑した。
「どのように大きくなりたい?」
「大きくなって、お空の上からこの島の全部を見たい。
 大きくなって、地球の全部を見たい。
 大きく大きくなって、宇宙の全部を見たい」
 葉一は可愛い両手を精一杯高く差し上げた。
「飛行機に乗れば、島の全部が見える。
 船に乗れば地球のどこにでも行ける。
 A理論を越えた宇宙船は宇宙の果てまでお前を連れて行ってくれる」
「違うの!」
 少年は懸命に叫んだ。

「僕が、大きくなるの!
  とっても大きく」

「!」
 流石に父は驚いて息子を見た。
 じっと見つめ、静かに話し出した。
「お前が大きくなるか、他のものが小さくなるか」
 少年はすぐに首を振った。
「僕だけがいつでも好きな時に大きくなるの。
 姉さんも兄さんも小さくなって欲しくない。
 小さくなってどこかに消えてしまったら、僕、いやだ」
と、少年は目に涙を浮かべた。
 父は子の肩に手を置いた。
「お前は自分を変えることは出来ない。
 大人になるだけだ。
 他の人と違う大人になる。
 父と母の先祖が幾世紀にも亘って研究を重ねてきた遺伝子操作によって、お前は恐ろしい能力を持って生まれてきた。
 人の心も物質も世界も破壊する事も出来る。
 父がこれ以上お前にしてやれる事は、その能力がお前の憎むものに対してではなく、愛するものに向けられるようにする事だ。
 まさか、愛するものを壊したいとはしないだろう」
「世界を壊す?」
「全てのものは、人も物もお前の思い通りになる。
 姉や兄に対するお前の愛情を確かめられなければ、父はお前を今、この世から消さなければならなかった」

「?」
 少年は手のひらの貝殻を見、目の上に掲げた。
「動かなくなった貝、羽が生えて自由に飛べたら、お前は楽しいだろうね」

 次の瞬間、岩陰から見ていた春樹の心臓が凍りついた。

 貝殻から優美な白鳥の羽が伸び、貝殻は飛び立った。

「葉一」
と、父は静かに言った。
「その能力は兄の始の許可を得てから、使うのだよ。
 私は私の持つ二つの権利、生と死の権利と、拒否権を始に伝えるつもりだ。
 私が作り上げたお前の能力も、私が先祖から受け継いだ権利を凌駕する事はできないからね。
 さあ、もう部屋に戻って、おやすみ」
 父は優しく、息子の背を押した。
 葉一は岩の多い浜辺を飛ぶように駆けて行った。
 羽織った布がひらひらと白く舞って浜辺の向うに消えた。

 息子を見送ったまま、素彦様はやや大きな声で言った。
「貝塚家は常に私達を批判してきた。
 しかし、逆らった事はない。
 監視者として、批判は適切だった。
 司家の横暴は貝塚家を尊重する事で食い止められてきたのだ」
 静かに素彦様は立ち去った。


 天国のような花園島を出て、地球を飛び立った事は彼らの横暴だと、春樹は考えている。
 しかし逆らわなかった。

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