「九代将軍の乳母」四郎編のあらすじ
養子となった赤子の名前を、隼人は五郎と名付けた。
光雄は早速、なぜ四郎ではないのかと問う。それに対して隼人は
「母様が宮勤めをなさった時、心労で四郎は水になった」と説明する。
あの時自分が懐妊していた事を隼人が知っていたと聞いて、ゆう子は冷や汗をかく。
幕府の御用も受けるようになった光雄が関東から帰ってきて、関東の不穏な情勢を伝える。
九代将軍となった義尚は病気がちだが、近江攻めを計画していた。
その軍費捻出に腐心する兄勝彦のために、光雄は戦雲を孕む関東に再び出掛ける。
その頃、富丸の妻がゆう子の家にやって来る。富丸の妻はかって新御台(義尚の正室)に仕えていた公家の娘だが、新御台の出家の折り、勧められて富丸に嫁していた。以前を知るゆう子は彼女の物静かな挙動を妊娠のせいにして、深く考えない。
病気のため何度も延期されたが、義尚は勝彦や富丸と共に、近江に出陣する。
その見送りに出た留守に富丸の妻が実家に無理やり連れ戻され、難産で亡くなったらしい。
敵を蹴散らした義尚は、近江から帰らない。
勝彦が近江で寺社の料地を横領したと言う噂が流れて来る。
世間の誹りを避けて、隼人は、幼い養子の五郎に家督を譲り、北山に隠棲する。
光雄が関東で、足利家の敵に捕らえられたらしいと隼人から聞き、ゆう子は心を痛める。
間もなく、勝彦の近江における働きを褒められ、天皇から太刀を賜ったという知らせが届き、ゆう子は混乱する。
義尚の帰陣を待つゆう子の元に今度は、富丸が人を殺めたと言う知らされる。
悩んだゆう子は隼人に相談するべく北山を訪れるが、富丸に殺された者の家来に、隼人は斬られる。
隼人は、富丸の殺人事件の真相を話し、「縁のなかった四郎に逢えるのが楽しみゆえ、嘆いて下さるな」と言って息を引き取る。
富丸の様子を見に行った隼人の使用人耀蔵は半年経っても戻らない。
心細いゆう子の家に、嵐の夜、耀蔵が赤子を連れて戻って来る。
翌朝、義尚が近江で薨去する。
義尚の軍勢は京に戻ったが、勝彦も富丸も戻らない。
勝彦は出家するのではないか?という風聞に、ゆう子は近江に出掛ける決心をする。
歴史的事実
文明十八年(1486)七月 義尚室日野氏 出家
長享元年(1487)九月 足利義尚、近江に出陣
十二月 近習らが寺社領の収穫を横領
長享二年(1488)一月 近江の陣において若王寺僧侶殺害される
七月 近江の陣で勝軍地蔵供養
九月 足利義尚、内大臣になる。
長享三年(1489)三月 足利義尚、薨去
光雄は早速、なぜ四郎ではないのかと問う。それに対して隼人は
「母様が宮勤めをなさった時、心労で四郎は水になった」と説明する。
あの時自分が懐妊していた事を隼人が知っていたと聞いて、ゆう子は冷や汗をかく。
幕府の御用も受けるようになった光雄が関東から帰ってきて、関東の不穏な情勢を伝える。
九代将軍となった義尚は病気がちだが、近江攻めを計画していた。
その軍費捻出に腐心する兄勝彦のために、光雄は戦雲を孕む関東に再び出掛ける。
その頃、富丸の妻がゆう子の家にやって来る。富丸の妻はかって新御台(義尚の正室)に仕えていた公家の娘だが、新御台の出家の折り、勧められて富丸に嫁していた。以前を知るゆう子は彼女の物静かな挙動を妊娠のせいにして、深く考えない。
病気のため何度も延期されたが、義尚は勝彦や富丸と共に、近江に出陣する。
その見送りに出た留守に富丸の妻が実家に無理やり連れ戻され、難産で亡くなったらしい。
敵を蹴散らした義尚は、近江から帰らない。
勝彦が近江で寺社の料地を横領したと言う噂が流れて来る。
世間の誹りを避けて、隼人は、幼い養子の五郎に家督を譲り、北山に隠棲する。
光雄が関東で、足利家の敵に捕らえられたらしいと隼人から聞き、ゆう子は心を痛める。
間もなく、勝彦の近江における働きを褒められ、天皇から太刀を賜ったという知らせが届き、ゆう子は混乱する。
義尚の帰陣を待つゆう子の元に今度は、富丸が人を殺めたと言う知らされる。
悩んだゆう子は隼人に相談するべく北山を訪れるが、富丸に殺された者の家来に、隼人は斬られる。
隼人は、富丸の殺人事件の真相を話し、「縁のなかった四郎に逢えるのが楽しみゆえ、嘆いて下さるな」と言って息を引き取る。
富丸の様子を見に行った隼人の使用人耀蔵は半年経っても戻らない。
心細いゆう子の家に、嵐の夜、耀蔵が赤子を連れて戻って来る。
翌朝、義尚が近江で薨去する。
義尚の軍勢は京に戻ったが、勝彦も富丸も戻らない。
勝彦は出家するのではないか?という風聞に、ゆう子は近江に出掛ける決心をする。
歴史的事実
文明十八年(1486)七月 義尚室日野氏 出家
長享元年(1487)九月 足利義尚、近江に出陣
十二月 近習らが寺社領の収穫を横領
長享二年(1488)一月 近江の陣において若王寺僧侶殺害される
七月 近江の陣で勝軍地蔵供養
九月 足利義尚、内大臣になる。
長享三年(1489)三月 足利義尚、薨去
「九代将軍の乳母」富丸編のあらすじ
禁裏が焼失して、後土御門天皇は室町第におられる。
義政、義尚が天皇をおもてなししている。
その場にはゆう子と勝彦の他、三男富丸も控えていた。
富丸の晴れ姿を見ようと、耀蔵の母も庭木に陰に隠れている。
そこに火の手が迫る。
富丸は耀蔵の母を案じて真っ先に飛び出し、
他は義政の指示で風上の小川御所に非難する。
二、三日して都の騒ぎが落ち着いた頃、ゆう子は耀蔵の母が死んだことを知らされ、富丸の悲嘆を心配して、家に戻る。
将軍近習の勝彦の力添えで野辺送りを済ませて、ゆう子は位牌に経を上げる。
思い出して、隼人の亡き両親の位牌にも経を上げ、富丸に祖父母の話をする。
義尚が結婚する。
義尚夫婦の和合のために、ゆう子は種々、心を砕くのだが……
そんな中で、勝彦は義尚の知遇を得て、五番衆の養子となり、関東の御料所の管理を命じられ、今は一人前になった光雄が請け負って関東に赴く事になる。
富丸も学問一筋で行きたいと言う。
隼人は自分の跡を継がせるために遠縁の子供を養子にする事に決める。
歴史的事実
文明八年(1476)十一月十三日 室町御所炎上
後土御門天皇、小川御所へ行幸
十四日 後土御門天皇、北大路第へ行幸
文明十一年(1479)足利義尚、判始め
文明十二年(1480)四月 足利義尚、日野侍従の姉を室に迎える。
五月 足利義尚、髻を切る。
十二月 足利義尚、太刀を盗まれる。
文明十三年(1481)一月 義政、次いで足利義尚、髻を切る。
文明十四年(1482)三月 日野富子、闘鶏を復活
四月 日野富子、猿楽を催す。
足利義尚、猿楽を鑑賞し、そのまま小川御所に移る
七月 細川九郎、上洛
義政、義尚が天皇をおもてなししている。
その場にはゆう子と勝彦の他、三男富丸も控えていた。
富丸の晴れ姿を見ようと、耀蔵の母も庭木に陰に隠れている。
そこに火の手が迫る。
富丸は耀蔵の母を案じて真っ先に飛び出し、
他は義政の指示で風上の小川御所に非難する。
二、三日して都の騒ぎが落ち着いた頃、ゆう子は耀蔵の母が死んだことを知らされ、富丸の悲嘆を心配して、家に戻る。
将軍近習の勝彦の力添えで野辺送りを済ませて、ゆう子は位牌に経を上げる。
思い出して、隼人の亡き両親の位牌にも経を上げ、富丸に祖父母の話をする。
義尚が結婚する。
義尚夫婦の和合のために、ゆう子は種々、心を砕くのだが……
そんな中で、勝彦は義尚の知遇を得て、五番衆の養子となり、関東の御料所の管理を命じられ、今は一人前になった光雄が請け負って関東に赴く事になる。
富丸も学問一筋で行きたいと言う。
隼人は自分の跡を継がせるために遠縁の子供を養子にする事に決める。
歴史的事実
文明八年(1476)十一月十三日 室町御所炎上
後土御門天皇、小川御所へ行幸
十四日 後土御門天皇、北大路第へ行幸
文明十一年(1479)足利義尚、判始め
文明十二年(1480)四月 足利義尚、日野侍従の姉を室に迎える。
五月 足利義尚、髻を切る。
十二月 足利義尚、太刀を盗まれる。
文明十三年(1481)一月 義政、次いで足利義尚、髻を切る。
文明十四年(1482)三月 日野富子、闘鶏を復活
四月 日野富子、猿楽を催す。
足利義尚、猿楽を鑑賞し、そのまま小川御所に移る
七月 細川九郎、上洛
「九代将軍の乳母」光雄編のあらすじ
ゆう子と隼人の長男勝彦は若君のお相手として伊勢の屋敷に出仕している。
近江に追われていた伊勢貞親が義政の要請で戻ってくる。
ゆう子は一時的に脇坂の家に戻り、子供達の様子を見る。
次男光雄は、銭さえあれば母は戻ってくると信じて、幼いながら蜆取りをしたり、農家の手伝いをして働いており、ゆう子が戻った時には家に居なかった。
三男富丸は、母代わりに育ててくれた耀蔵の母が体調を崩しているのにくっついて、母の帰宅にも顔を出さない。ゆう子は富丸の心情を思いやって、耀蔵の母の看護を使用人達に命じる。また、利発な富丸のために、学問を受けさせるように隼人に頼む。
都では戦が度々起こるようになった。
貞親に敵視されていた義視は、室町第を逃げ出し、山名宗全の元に走る。
義政は遂に義尚を九代将軍に立てる。
ゆう子は乳母の仕事が一段落して我が家に戻る事が出来た。
戦はますます激しくなり、聖護院の商品を扱う光雄の馬や荷物も奪われる事件が起こる。聖護院の後ろ盾で光雄は室町の屋敷に乗り込み、馬と荷を取り戻す。この事から光雄は聖護院の信任を得るようになる。
歴史的事実
応仁元年(1467)一月 山名宗全、斯波義廉を義政に勧める。
義政、新年恒例の管領畠山政長邸へのお成りを中止する。
畠山義就、上御霊社の森に畠山政長を攻める。
十二月 足利義尚、着袴の儀
文明二年(1470)足利義視、伊勢貞親に追われ、山名宗全を頼る。
文明五年(1473)山名宗全、細川勝元、没
足利義尚、征夷大将軍になる。
近江に追われていた伊勢貞親が義政の要請で戻ってくる。
ゆう子は一時的に脇坂の家に戻り、子供達の様子を見る。
次男光雄は、銭さえあれば母は戻ってくると信じて、幼いながら蜆取りをしたり、農家の手伝いをして働いており、ゆう子が戻った時には家に居なかった。
三男富丸は、母代わりに育ててくれた耀蔵の母が体調を崩しているのにくっついて、母の帰宅にも顔を出さない。ゆう子は富丸の心情を思いやって、耀蔵の母の看護を使用人達に命じる。また、利発な富丸のために、学問を受けさせるように隼人に頼む。
都では戦が度々起こるようになった。
貞親に敵視されていた義視は、室町第を逃げ出し、山名宗全の元に走る。
義政は遂に義尚を九代将軍に立てる。
ゆう子は乳母の仕事が一段落して我が家に戻る事が出来た。
戦はますます激しくなり、聖護院の商品を扱う光雄の馬や荷物も奪われる事件が起こる。聖護院の後ろ盾で光雄は室町の屋敷に乗り込み、馬と荷を取り戻す。この事から光雄は聖護院の信任を得るようになる。
歴史的事実
応仁元年(1467)一月 山名宗全、斯波義廉を義政に勧める。
義政、新年恒例の管領畠山政長邸へのお成りを中止する。
畠山義就、上御霊社の森に畠山政長を攻める。
十二月 足利義尚、着袴の儀
文明二年(1470)足利義視、伊勢貞親に追われ、山名宗全を頼る。
文明五年(1473)山名宗全、細川勝元、没
足利義尚、征夷大将軍になる。
「九代将軍の乳母」勝彦編のあらすじ
日野富子の妹ゆう子は姉の婚礼の日、警護の武士脇坂隼人と出会う。公家の家庭にない風貌の隼人に惹かれたゆう子は恋煩いで寝付いてしまう。
一方、八代将軍義政に嫁いだ富子は夫にはすでに愛妾が居る事に落胆し、秘かに隼人親子の人物を調査し、ゆう子の愛を応援する。
ゆう子は兄勝光の思惑を退け、乳母の娘として隼人の元に走る。
三人の子供を得たゆう子は貧しい生活の中で必死に働いている。そんなゆう子に富子は腹の子をくれないかと、持ちかける。
子供達の食べる物にも事欠く生活に、ゆう子は姉の誘いに乗ってしまう。
首尾良く富子と入れ替わって出産したゆう子は生まれた子、若君の乳母として他の子供達を家に置いて伊勢貞親の屋敷に出仕する。
貞親は養い子の若君を将軍にするために、将軍継嗣に決まった義視を除こうとして、却って義視の後見人細川勝元に攻められる。
屋敷を攻撃され、ゆう子は若君と共に室町第(第は貴族の屋敷)に避難する。出迎えた隼人はゆう子の姿を見て、ゆう子が公家の娘であり、今まで乳母の娘と偽っていた事を知る。二人の間に気まずいものが流れた時、脇坂家の使用人耀蔵が、二人の長男勝彦の異変を告げる。
勝彦は母が居る伊勢の屋敷が攻められていると知って、堪らず駆けつけ、殺気だった伊勢の屋敷に飛び込んで、貞親の息子兵庫助に捕らえられる。
子供の危難に、ゆう子と隼人は慌てて伊勢の屋敷に駆けつける。兵庫助から子供を返して貰って帰る道、二人のわだかまりはいつしか消えていた。
勝彦はその後、兵庫助によって、若君の近習に推挙される。
歴史的事実
康世元年(1455)日野富子、八代将軍義政の室となる。
寛正五年(1464)足利義視、還俗して将軍継嗣となる。
寛正六年(1465)足利義尚、生まれる。
文正元年(1466)伊勢貞親、義視を除こうとして、山名宗全細川勝元に追われる。
九代将軍の乳母 あらすじ
「九代将軍の乳母」の内容紹介
政治に飽いた八代将軍義政は、世継ぎが生まれないので、弟の義視を後継者に任命する。
その挨拶に訪れた義視を義政の正室日野富子は気に入らない。
「われらに男が生まれれば、義視殿など跡継ぎにする必要はなかろう。
そこで物は相談じゃ。
そなたの腹の子をわれらにくれぬか?」
と、富子は妹のゆう子に言った。
日野の娘ゆう子は、姉富子の婚礼を護衛していた下級武士に憧れて家を飛び出し、貧しい警護の武士脇坂隼人の妻となっていた。
三児の母となったゆう子に現実は厳しい。
ひもじさに泣く子供達に負けて、彼女は姉の誘いに引き寄せられる。
姉富子とゆう子は瓜二つの容貌を持つ。
富子に成りすまして産めば、その子は公方様の子。
飢える事もなく、
冬は暖かい衣服にくるまれ、
夏は喉越しのいい美味しい物を心ゆくまで食べる事ができる、とゆう子は考え、承知する。
姉と入れ替わって首尾良く若君を出産したゆう子はその乳母として若君を育てる。
ゆう子の長男の勝彦は若君に仕え、
次男の光雄は銭さえあれば母は家に戻ってくると信じて商人の道を歩む。
三男の富丸は学問を志す若者に成長し、若君の元に出入りする。
若君は元服し義尚と名乗り九代将軍になる。
多くの取り巻きに囲まれ、酒と側室と賭け事の生活に溺れていく。
義尚の健康を気遣いながら勝彦兄弟は将軍の入り用を賄うために苦心する。
その努力のため兄弟は世の誹りを受け、
その累は父の隼人にも及び、隼人は非業の最期を遂げる。
近江に出陣した義尚は勾の陣で帰らぬ人となり、
終焉の地を訪れたゆう子は自分の選択の間違いを知る。
室町の世界を舞台に子の幸せを願う母の思いを描く。
政治に飽いた八代将軍義政は、世継ぎが生まれないので、弟の義視を後継者に任命する。
その挨拶に訪れた義視を義政の正室日野富子は気に入らない。
「われらに男が生まれれば、義視殿など跡継ぎにする必要はなかろう。
そこで物は相談じゃ。
そなたの腹の子をわれらにくれぬか?」
と、富子は妹のゆう子に言った。
日野の娘ゆう子は、姉富子の婚礼を護衛していた下級武士に憧れて家を飛び出し、貧しい警護の武士脇坂隼人の妻となっていた。
三児の母となったゆう子に現実は厳しい。
ひもじさに泣く子供達に負けて、彼女は姉の誘いに引き寄せられる。
姉富子とゆう子は瓜二つの容貌を持つ。
富子に成りすまして産めば、その子は公方様の子。
飢える事もなく、
冬は暖かい衣服にくるまれ、
夏は喉越しのいい美味しい物を心ゆくまで食べる事ができる、とゆう子は考え、承知する。
姉と入れ替わって首尾良く若君を出産したゆう子はその乳母として若君を育てる。
ゆう子の長男の勝彦は若君に仕え、
次男の光雄は銭さえあれば母は家に戻ってくると信じて商人の道を歩む。
三男の富丸は学問を志す若者に成長し、若君の元に出入りする。
若君は元服し義尚と名乗り九代将軍になる。
多くの取り巻きに囲まれ、酒と側室と賭け事の生活に溺れていく。
義尚の健康を気遣いながら勝彦兄弟は将軍の入り用を賄うために苦心する。
その努力のため兄弟は世の誹りを受け、
その累は父の隼人にも及び、隼人は非業の最期を遂げる。
近江に出陣した義尚は勾の陣で帰らぬ人となり、
終焉の地を訪れたゆう子は自分の選択の間違いを知る。
室町の世界を舞台に子の幸せを願う母の思いを描く。
九代将軍の乳母 75 四郎編
「我が妻が産んだ芳寿丸は、私の子ではありません。
ある時、私は馬で出掛けておりましたので、直垂烏帽子のまま妻の元に帰りました。すると、妻の家の者共は御所様と思い違えたのです。
髻を切られ総髪になられた時の御所様は私とそっくりでございました。
それ以来私は、人前では烏帽子を被らないように童形で過ごしておりました。
乳母の子が御所様と瓜二つでは世間が妙に思うでしょう」
それで、出陣の行列でも水干姿、義尚の客を接待する時も稚児姿だったのか。
富丸は静かに話し続ける。
「妻の実家では自分達の娘が御番衆の弟の妻であるより、御所様の側室である事を望み、私に離縁を強要しました。
それを聞いた御所様は興味を持って、私が御所に居る間、度々妻の元を訪れ、妻は御所様のお子を身籠もってしまいました。
妻は実家に居づらく、上御霊社の私の家に身を寄せました」
侍姿で我が家に戻った富丸を見て、彼女が激しく驚いたのもそういう事だったのか。
「私には妻を責める事はできません。
もしかしたら、それは我が母を責める事になるかも知れないと恐れたのです。
今はその恐れはございません。
でも、やはり妻を責める事はできません。
哀れな女です」
私は身を震わせながらも、富丸の言葉に耳を傾けた。
「近江に出発する前から、御所様はお身体を損なっておられました。これでは、もう長くないのではないかと案じられました。お跡継ぎはいらっしゃいません。
周囲の者にとっては、今懐妊している私の妻の子だけが望みですが、私の妻のままでは、細川九郎の弟の例もあり、御所様のお子とは認められません。
私は離縁を促す手紙を妻に送り、改めて御所様の室に入るように進めました。
妻はその度に手紙を破り捨てました」
私は、富丸の妻が泣きながら手紙を破っていた事を思い出した。
そうだったのか。
「実家では娘を取り返し、首尾良く男児を出産させました。難産の娘より子供を選んだのは、御所様の子だと考えたからです」
私は身震いした。
何という親達だ。それ程権力に近づきたいか!
「男児出産を、実家では御台様に知らせました。
御台様は、他人の妻たる者が産んだ子であるからと、これを退けられました。
ただ御所様が我が子とお認めになれば、話は違ったでしょうが、今となってはそのような事はありません」
富丸は悲しそうに言った。
真実、富丸は義尚の死を悲しんでいる。
主君というだけでなく、己(おの)が弟としても。
「御所様がもうあの赤子をどうする事もお出来にならないと知った私は、あの雨の夜、直垂烏帽子で妻の実家に参り、御所様の振りをして赤子を取り返しました。
それは我が妻のためです。母様に育てて戴ければ、妻は喜ぶだろうと考えたのです。
母様も幾ら貧しくとも御自分の孫を、もう将軍などにしたいとはお考えになられぬ、と存じます」
富丸の言葉に私は我知らず頷いていた。
富丸もその場を去ると、その場で息を引き取ったという四郎のために経を上げた。
そして隼人に呼び掛けた。
「旦那様。
お亡くなりになる時あなたがおっしゃっていた通り、四郎はあなたの元に参ります。
今頃は父子の対面をなさっておられる事でしょう。
兄弟達が最後まで忠誠を尽くしたとは言え、不幸な子でございました。
生まれたというだけで大きな争いが起き、街は焼かれ、人々は苦しみました。
そして、周りの思惑に振り回されて、自分だけでなく多くの心を寄せる者達を不幸にしました。
正室は世をはかなんで出家し、兄弟は誠実を貫き通しながら世間に顔向けできなくなり、父を殺されるような事にもなりました。
でも、あの子はあの子なりに、先代が放棄した足利将軍の任務を精一杯果たそうとしたのです。
今、やっとあなたに逢えました。
健気な我が子よと褒めてやって下さいまし」
そして、我が子四郎にも、呼び掛けた
「母が間違っていました。
おまえ一人でも豊かに幸せにと望みながらおまえ一人を不幸にしてしまいました。
おまえのお陰で、兄達は健やかに育ちました。
兄達はおまえの忘れ形見をきっと健やかに育て上げてくれましょう。
それで、許してたもれ」
九代将軍の乳母 了
ある時、私は馬で出掛けておりましたので、直垂烏帽子のまま妻の元に帰りました。すると、妻の家の者共は御所様と思い違えたのです。
髻を切られ総髪になられた時の御所様は私とそっくりでございました。
それ以来私は、人前では烏帽子を被らないように童形で過ごしておりました。
乳母の子が御所様と瓜二つでは世間が妙に思うでしょう」
それで、出陣の行列でも水干姿、義尚の客を接待する時も稚児姿だったのか。
富丸は静かに話し続ける。
「妻の実家では自分達の娘が御番衆の弟の妻であるより、御所様の側室である事を望み、私に離縁を強要しました。
それを聞いた御所様は興味を持って、私が御所に居る間、度々妻の元を訪れ、妻は御所様のお子を身籠もってしまいました。
妻は実家に居づらく、上御霊社の私の家に身を寄せました」
侍姿で我が家に戻った富丸を見て、彼女が激しく驚いたのもそういう事だったのか。
「私には妻を責める事はできません。
もしかしたら、それは我が母を責める事になるかも知れないと恐れたのです。
今はその恐れはございません。
でも、やはり妻を責める事はできません。
哀れな女です」
私は身を震わせながらも、富丸の言葉に耳を傾けた。
「近江に出発する前から、御所様はお身体を損なっておられました。これでは、もう長くないのではないかと案じられました。お跡継ぎはいらっしゃいません。
周囲の者にとっては、今懐妊している私の妻の子だけが望みですが、私の妻のままでは、細川九郎の弟の例もあり、御所様のお子とは認められません。
私は離縁を促す手紙を妻に送り、改めて御所様の室に入るように進めました。
妻はその度に手紙を破り捨てました」
私は、富丸の妻が泣きながら手紙を破っていた事を思い出した。
そうだったのか。
「実家では娘を取り返し、首尾良く男児を出産させました。難産の娘より子供を選んだのは、御所様の子だと考えたからです」
私は身震いした。
何という親達だ。それ程権力に近づきたいか!
「男児出産を、実家では御台様に知らせました。
御台様は、他人の妻たる者が産んだ子であるからと、これを退けられました。
ただ御所様が我が子とお認めになれば、話は違ったでしょうが、今となってはそのような事はありません」
富丸は悲しそうに言った。
真実、富丸は義尚の死を悲しんでいる。
主君というだけでなく、己(おの)が弟としても。
「御所様がもうあの赤子をどうする事もお出来にならないと知った私は、あの雨の夜、直垂烏帽子で妻の実家に参り、御所様の振りをして赤子を取り返しました。
それは我が妻のためです。母様に育てて戴ければ、妻は喜ぶだろうと考えたのです。
母様も幾ら貧しくとも御自分の孫を、もう将軍などにしたいとはお考えになられぬ、と存じます」
富丸の言葉に私は我知らず頷いていた。
富丸もその場を去ると、その場で息を引き取ったという四郎のために経を上げた。
そして隼人に呼び掛けた。
「旦那様。
お亡くなりになる時あなたがおっしゃっていた通り、四郎はあなたの元に参ります。
今頃は父子の対面をなさっておられる事でしょう。
兄弟達が最後まで忠誠を尽くしたとは言え、不幸な子でございました。
生まれたというだけで大きな争いが起き、街は焼かれ、人々は苦しみました。
そして、周りの思惑に振り回されて、自分だけでなく多くの心を寄せる者達を不幸にしました。
正室は世をはかなんで出家し、兄弟は誠実を貫き通しながら世間に顔向けできなくなり、父を殺されるような事にもなりました。
でも、あの子はあの子なりに、先代が放棄した足利将軍の任務を精一杯果たそうとしたのです。
今、やっとあなたに逢えました。
健気な我が子よと褒めてやって下さいまし」
そして、我が子四郎にも、呼び掛けた
「母が間違っていました。
おまえ一人でも豊かに幸せにと望みながらおまえ一人を不幸にしてしまいました。
おまえのお陰で、兄達は健やかに育ちました。
兄達はおまえの忘れ形見をきっと健やかに育て上げてくれましょう。
それで、許してたもれ」
九代将軍の乳母 了
九代将軍の乳母 74 四郎編
富丸はなおも静かに話し続ける。
「一子相続。子がなければ家臣は主を失い、領地は強者の蚕食する所となる。だから、どのお家でも子がなければ養子をして跡継ぎを確保する。跡継ぎが決まった後に、実子が産まれ、両者の間に争いが起こる事、将軍家だけではありません。大御所様には多くの側室が居られました。不仲であったとは申せないにしても、それより以前にはお子のなかった御台様があの時御懐妊は……無いことではありませんが……それより、仲のよかった御姉妹の母様が懐妊する方があり得る事です。上は男ばかりとあれば今度も男、と御台様が期待なさるのも当然」
「富丸! そのような事はあり得ません。そなた。気が触れたか!」
私は思わず叱った。富丸は落ち着いて話している。一語一語噛み締めるような言い方だ。
「先程、まだ私が何も言わない先に、母様は、私がそのような恐ろしい事、とおっしゃいました。恐ろしい事とはどのような事でございましょう?」
私は首を振った。富丸が膝を進め、私は後ずさった。
「しかし、これは御台様と母様だけがご存知の事でございます。もう、申しますまい。わたくしも母様を苦しめとうはございません。でも、ただ一つだけお答え下さい」
その言葉にほっとしても、全身の震えをどうする事もできなかった。もう耐えられなかった。富丸の声が静かに聞こえる。
「大御所様のお胤でございますか? 隼人殿の胤ですか?」
私は夢中で叫んだ。
「隼人殿の胤じゃ!」
口に出してから、はっとした。取り返しのつかない事を言ってしまった。
富丸は静かにその場に平伏している。
「安堵仕りました。大御所様の御所行、御所様のなされようから、私は父上の事だけを案じておりました。些かなりとも母様をお疑いして申し訳ございません」
そうであったのか。それで、近頃の富丸の冷たい態度が肯ける。母が不貞を、と苦しんでいたのか。顔を上げた富丸は以前のように素直な顔に戻って、更に続けた。
「それでは、正しく、芳寿丸は父上の孫になります」
「何と?」
富丸は何の事を話しているのだろう?
「一子相続。子がなければ家臣は主を失い、領地は強者の蚕食する所となる。だから、どのお家でも子がなければ養子をして跡継ぎを確保する。跡継ぎが決まった後に、実子が産まれ、両者の間に争いが起こる事、将軍家だけではありません。大御所様には多くの側室が居られました。不仲であったとは申せないにしても、それより以前にはお子のなかった御台様があの時御懐妊は……無いことではありませんが……それより、仲のよかった御姉妹の母様が懐妊する方があり得る事です。上は男ばかりとあれば今度も男、と御台様が期待なさるのも当然」
「富丸! そのような事はあり得ません。そなた。気が触れたか!」
私は思わず叱った。富丸は落ち着いて話している。一語一語噛み締めるような言い方だ。
「先程、まだ私が何も言わない先に、母様は、私がそのような恐ろしい事、とおっしゃいました。恐ろしい事とはどのような事でございましょう?」
私は首を振った。富丸が膝を進め、私は後ずさった。
「しかし、これは御台様と母様だけがご存知の事でございます。もう、申しますまい。わたくしも母様を苦しめとうはございません。でも、ただ一つだけお答え下さい」
その言葉にほっとしても、全身の震えをどうする事もできなかった。もう耐えられなかった。富丸の声が静かに聞こえる。
「大御所様のお胤でございますか? 隼人殿の胤ですか?」
私は夢中で叫んだ。
「隼人殿の胤じゃ!」
口に出してから、はっとした。取り返しのつかない事を言ってしまった。
富丸は静かにその場に平伏している。
「安堵仕りました。大御所様の御所行、御所様のなされようから、私は父上の事だけを案じておりました。些かなりとも母様をお疑いして申し訳ございません」
そうであったのか。それで、近頃の富丸の冷たい態度が肯ける。母が不貞を、と苦しんでいたのか。顔を上げた富丸は以前のように素直な顔に戻って、更に続けた。
「それでは、正しく、芳寿丸は父上の孫になります」
「何と?」
富丸は何の事を話しているのだろう?
九代将軍の乳母 73
二人だけになると、富丸は広間の一点を見詰めて、ぽつんと言った。
「御所様はここにお休みでした」
はっと、私は同じ所を見た。
そこに柔らかな褥を(しとね)重ねた上に絹の掻巻(かいまき)を掛けた義尚が眠っているような気持ちになった。
「私があの雨の中を戻って来た時、まだ、御所様は生きておられました。枕辺には御台様が一睡もなさらず、看病なさっておられました。まるで、本当の我が子のように……」
「何を言う! 御所様は御台様のお子様じゃ」
私は慌てて言った。
富丸は静かに言い続けた。
「御所様がお亡くなりになってから、どなたをお跡になさるか、御台様にお尋ねしました。御台様はためらう事なく、義視様のお子様義材様とおっしゃいました。かねがね大御所様は堀越公方様の御次男義澄様を次にと考えておられ、御台様もそれはご存知の筈です。義澄様なら京にお住まいで御台様もよくご存知。お仲が悪いふうでもございません。だのになぜ、かって敵味方になって争い、今も御台様に遺恨を含んでおられると言われる義視様のお子様なのでしょうか?」
私には何も言えない。
富丸はしばらくおいて言った。
「それは、義視様の御正室様、義材様の母君が御台様のお妹様だからです。御台様にとっては日野のお血筋がお大切。ならば、ご自分の産んだお子でなくてもいいのです」
「何が言いたいのじゃ」
身体が微かに震えてくるのを、辛うじて押さえた。
「御所に上がられた母様は懐妊なさっていたそうですね。その子はどうなりましたでしょうか? 父上は、水になったとおおせでした。
ですが、母様はばば様が死んだ時、ばば様の位牌を、またお祖父様やお祖母様のお位牌も拝んでおられました。でも、水になった筈の四郎の位牌はどこにもございません。わたくし、相国寺で水子の供養をする親達を幾度も見ました。母様はあれ程お位牌を拝んでおられながら、一度も四郎の供養をなさいませんでした」
微かな音が喉から洩れたような気がした。
富丸は俯いて話していたが、ちらっと目を上げた。
「幸い、御台様と母様は瓜二つ。以前、御所様が髻をお切り遊ばした時に、御所様でさえ母様を御台様と間違っておられました」
私は身震いして、口を固く閉じようとした。富丸の鋭い視線を受けて、頭の中が燃えているようだ。しばらく富丸が口を閉じ、その沈黙が息苦しく、自然に口が開いた。
「なぜ、われらがそんな恐ろしい事を。瓜二つと言っても御台様には日野の血がお大切なのであろう?」
富丸はきらりと目を光らせた。
「わたくしが幼い時から見慣れておりました母様の針箱には、日野家の紋が打ってございました」
私は真っ青になった。
母の心づくしの針箱が!
「御所様はここにお休みでした」
はっと、私は同じ所を見た。
そこに柔らかな褥を(しとね)重ねた上に絹の掻巻(かいまき)を掛けた義尚が眠っているような気持ちになった。
「私があの雨の中を戻って来た時、まだ、御所様は生きておられました。枕辺には御台様が一睡もなさらず、看病なさっておられました。まるで、本当の我が子のように……」
「何を言う! 御所様は御台様のお子様じゃ」
私は慌てて言った。
富丸は静かに言い続けた。
「御所様がお亡くなりになってから、どなたをお跡になさるか、御台様にお尋ねしました。御台様はためらう事なく、義視様のお子様義材様とおっしゃいました。かねがね大御所様は堀越公方様の御次男義澄様を次にと考えておられ、御台様もそれはご存知の筈です。義澄様なら京にお住まいで御台様もよくご存知。お仲が悪いふうでもございません。だのになぜ、かって敵味方になって争い、今も御台様に遺恨を含んでおられると言われる義視様のお子様なのでしょうか?」
私には何も言えない。
富丸はしばらくおいて言った。
「それは、義視様の御正室様、義材様の母君が御台様のお妹様だからです。御台様にとっては日野のお血筋がお大切。ならば、ご自分の産んだお子でなくてもいいのです」
「何が言いたいのじゃ」
身体が微かに震えてくるのを、辛うじて押さえた。
「御所に上がられた母様は懐妊なさっていたそうですね。その子はどうなりましたでしょうか? 父上は、水になったとおおせでした。
ですが、母様はばば様が死んだ時、ばば様の位牌を、またお祖父様やお祖母様のお位牌も拝んでおられました。でも、水になった筈の四郎の位牌はどこにもございません。わたくし、相国寺で水子の供養をする親達を幾度も見ました。母様はあれ程お位牌を拝んでおられながら、一度も四郎の供養をなさいませんでした」
微かな音が喉から洩れたような気がした。
富丸は俯いて話していたが、ちらっと目を上げた。
「幸い、御台様と母様は瓜二つ。以前、御所様が髻をお切り遊ばした時に、御所様でさえ母様を御台様と間違っておられました」
私は身震いして、口を固く閉じようとした。富丸の鋭い視線を受けて、頭の中が燃えているようだ。しばらく富丸が口を閉じ、その沈黙が息苦しく、自然に口が開いた。
「なぜ、われらがそんな恐ろしい事を。瓜二つと言っても御台様には日野の血がお大切なのであろう?」
富丸はきらりと目を光らせた。
「わたくしが幼い時から見慣れておりました母様の針箱には、日野家の紋が打ってございました」
私は真っ青になった。
母の心づくしの針箱が!
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