四兄弟神の星 21

第三章 新たなる出発 5

「おおい!
 朝だ! 朝だ!
 起きろ!
 起きろ!」
 明るい叫びにトロは一瞬、父の村に目覚めた気がした。
 動けない男達も驚いて声の方を見ていた。
 チェレンが爽やかな顔で人々に笑いかけていた。充分眠ったから他の者も幸せな気分に違いない、と信じ切っている。
「・・・」

 ララはそれより前に起きて、男達の怪我を調べていた。
「ララ、四台の車に怪我人と赤子を積む。
 歩けそうな者はいるかい?」
 トロは声を掛けた。
「二三日は動かさない方がいいわ」
「じゃ、一番元気そうな者は一番前、次は二番目、というふうにして、五番目はまた、一番前に乗せる。割り振りをしておくれ」

 それから、トロは女達が出して来た荷物を調べた。
 彼等が西の街から運んだ物の中には、文明の消えた今では手に入らない貴重な物があった。そのような物から選んでいった。
 嵩高い物は最後の車にまとめ、重い物は先頭。
 最後から二台目には食料を積み込む。
 全部で七台。先頭と最後の車はラガーに引かせ、オモンとトロがつく。

 トロとオモンは女達に手伝わせて、男を一人づつ車に運び上げた。
 チェレンはいつの間にか居なくなっていた。
 トロは何処に行ったのだろう、と軽く考えていたが、オモンはぶつぶつ言った。
「え? 奴はどうしたって?」
「あいつはまた、矢の材料を集めに行ったに違いない」
「これからもいくらでも必要になる。
 昨日の獣も彼の矢が追払ったようなものではないか」
 ますますオモンは気を悪くしたようだ。
 この男手の欲しい時にオモンのぼやくのもわかるが、これからの長い道中、彼が頼りだ。あんなにあった矢はすっかりなくなっている。

 怪我をした男は十五人だった。
 四人で車は一杯になったが、詰めて男の身内の赤子を乗せ、男の武器と衣服を添えさせた。
 それぞれの身内の女にそれをさせていると、一番前の車の一人には世話をする女がいなかった。ララが一番元気と認めた男だ。
「おまえの身内は居ないのか?」
 トロは尋ねた。
「昨夜、妻は私と一緒に戦って死んだ。
 父も死んだ。
 母はとっくに死んでいる。
 私の身内はあそこで這っている見捨てられた赤子だけだ」
 顔に血糊のこびり付いた若者が答えた。
 しっかりした言葉と澄んだ優しそうな目で、トロを見詰めていた。
「おまえの名は?」
「カサル」
「あのアルカイ・カサルとか言う老人は?」
「私の父だ」
 あの老人の息子なら、それだけでも尊敬し重んじなければならない、とトロは、昨日の老人の死んでも人々を案じる魂に、深く心を動かされていた。

 走り回る女達にも忘れられ、一人木の根元で這っていた赤子は泣きもせず、大人しくトロに抱かれて父の傍らに寝かされ、落ちないように括りつけられた。
 サラと呼ばれる老婆に頼んで、カサルの衣服を持出させた。
「婆さん、六人の女と四人の少年か少女に、一台の車を引いて貰う。
 割り振りをしてくれるかね」
「私も引くのかね?」
「あんたともう一人の婆さんは子供を連れて貰いたい」

 この二人も車に乗せたい。
 しかし引くのは女達だ。車は男五人が引く筈だったという。
「よかった。車に就くと、私が引かれそうだったよ」
「・・・」

四兄弟神の星 20

第三章 新たなる出発 4

 まだラガーで走り回っていたオモンが駆けて来た。
「チェレンはどこに行ったろう。ラガーに乗ったまま見えなくなった。
 あいつ、ラガーを盗む機会を狙っていたのじゃないかな」
「まさか」
 ララは女達に率先して人々の手当をしている。

「僕、捕まえて来てやる」
 それまで、立ち騒ぐ女達をじろじろ見ていたターナはさっと飛立った。

「それより、どうしよう。
 この人達、頼りになる者は死んだらしい。
 男達もあの様子じゃ、どうにも出来ない。
 獣はまたやって来る。
 何とかしないと何のために助けたのかわからない」
 トロは女達の手当を受けている意識のない男達の方を指さした。
 オモンも殺戮の興奮から醒めて、辺りを見た。
 小さな子供達が女達の後から覗いている。
 元気な男と言えるのはそんな子供だけだ。
「柵は大きく壊されている。
 修理には時間がかかる。
 それまでに獣はまたやってくるだろう」
と、オモン。

「彼等は移住するつもりだったと、言う。
 このまま、私達とカラの待つ丘に戻ってはどうだろう?」
「彼等を連れて?
 見たところ、女達は丈夫そうだ。
 しかし男は?
 誰一人動かせん」

 トロはその村の様子を調べた。
 子供達の数から見ても、百人から二百人ぐらいの村だったのだろう。
 丘の中腹まで小屋が建っていた。
 その一軒に入ってみると寝台が二つ、一つは長年使われた様子はなかった。
 椅子が二つ、小さなテーブルに油を燃やす燭台、書きかけのノート、片隅に整然と積み上げられた多くの書籍、大きな杖。
 あのアルカイ・カサルと呼ばれた老人の小屋に違いない。

 その隣に人の気配がするので行ってみると、男が、大人の男が戸を小さく開けて覗いていた。
「なんだ? おまえは!」
 トロは思わず叫んだ。
 男は脅えた目を向けた。
「怒らないでくれ。
 長老様は、俺は出なくてもいいと仰ったのだ。
 皆はどうしている?」
 大きく戸を開けると、男はよろめいてパタンと倒れた。
 戸に縋って立っていたその男には、左足全てと左腕が途中から無かった。
 トロは息を呑んだ。
「今では、唯一人のまともな男というわけだ」
 トロは呟いて、男に話し掛けた。
「十数人の男が怪我をして動けない。
 他の男は死んだ。
 柵は全て壊された。
 獣はまたやってくるだろう。
 すぐにここから立ち退かなければならん」
「お、俺も連れて行ってくれ」
 男は必死で叫んだ。
「付いて来れるならな」
「車がある。
 人が押したり引いたりしないといけないが」
「どこに?」
「そこの岩を廻った所だ。
 長老様がいつか使うからと、俺に設計図を描かせて皆で作った」

 行って見ると、かなり大きな荷車が十台あった。
”ここまで、準備しながら”

 トロは女達が集って死者を嘆いている所に戻った。
 いつの間にかチェレンが戻っていて、大声で嘆く女達の傍らで眠っていた。
 ターナが何か齧っていた。
「ターナ。リュウに知らせてくれないか。手紙を書く」
「女がたくさん居る。僕にもわけてくれるだろうね」
 その言葉にトロは思わず殴りつけた。
 ターナはコロンとひっくり返って起上がり、大きく羽根を羽ばたかせた。
「リュウに頼んで見ようっと」
「何という奴だ。生れて一年にもならんのだぞ」
 手紙を受取ったターナが夜の森を越えて行くのを見送り、トロは忌ま忌ましく毒づいた。

 トロはオモンに車の事を話した。
「大変な事だ。
 女達はやってくれるだろうか?」
「私達がここに残っても、どうにもならんだろう」

 トロは例の老婆サラに話しかけた。
 サラはよちよち歩きの幼児に何か食べさせていた。
「怪我した男達は動けない」
 トロの話にサラは直に言った。
「勿論、車に積む。
 その車を押したり、引いたりするのは君達だ。
 私達三人では前後を守るのに精一杯、それでも安全かどうか保証出来ない。
 それとも、ずっとここに居るつもりか?」
と、トロ。

 サラは女達の方を見て言った。
「長老様は移住するおつもりだった。
 トモは車も作った。
 柵が壊れて、ここはもう安全ではない。
 男達は動けないが、ここにいても同じ。
 移住するべき時だと思うがね」
「怪我人が見捨てられる事がないなら」
 女達は言った。
「それでは、君達の何人かはオモンに手伝って、車をここに運んでくれ。
 他の者はどうしても持って行きたい物をここに出してくれ。
 それを運ぶのは君達自身だ」

 風はあるが、雨は止んだようだ。
 女達が車を運んで来るのを見ながら、トロは少し休む事にした。
 オモンが警戒に就いていた。
”獣は何時戻って来るだろうか?
 それまでに出発出来るだろうか?
 追付かれないだろうか?”

 獣はここの死骸より遥かに多かった筈だ。
 チェレンの弓勢に驚いて去っただけに違いない。
 きっと戻って来るだろう。
 トロはちらっと、ぐっすり眠るチェレンを見た。

四兄弟神の星 19

 第三章 カサルの村壊滅 新たなる出発 3

 小屋の中から大勢の女達が出て来て、倒れた男達を見て泣き出した。

「君達、この老人の言ったように、まず生きている者の手当をしてくれ」
 トロは叫んで、ララにも手伝うように頼んだ。
 ララはすぐに近くの男を調べ、彼の衣服を裂いて血止めをしたり始めた。

 女達はトロの足元に横たわる老人の元に集って来た。
「この人はもう死んでいる」
 トロが言うと女達は悲鳴をあげ、口々に叫んだ。
「私が代ればよかった!
 これからどうすればいいの?」
「君達は頼むから、この人の言ったように、生きている人の手当をしてくれ」
 トロは女達の悲しみに閉口して、拝むように言った。

 中に二三、しっかりした女が仲間を促して動き始めた。
 二人の老婆が溜息をつきながら、老人の身体を拭き始める。
 トロは老婆に声を掛けた。
「この人はどういう人だね」
「あんた、アルカイ・カサルを知らないのかい」
 老婆は呆れた、知らない人が居るなんて信じられないという顔をした。

「りっぱな人だよ。
 私達の街に火の雨が降った。
 この人は早くから予言して私達に街から逃げる用意をさせた。
 この人を信じた者は準備が出来ていたので、災難に遭わなかった。
 山師だと思っていた者は全て死んだ。

 この人は私達をここまで連れて来た。
 この辺りは以前は海だった。
 私達が来た時には水溜まりに魚が居て幾らでも取れた。
 そのうち木が大きくなり木の実が成り、小動物が住み着き、女は木の実を集め、男は狩をした。
 大人しい小動物が増えると獣も集って来た。

 急に獣が増えたのはこの二三年だね。
 この人は獣が増えて危険だから、柵を丈夫にし春には南に移住しよう、と仰っていた。
 でも間に合わなかった。
 こんなに早く嵐が来て飢えた獣がこんなに集るなんて、この人にもわからなかったのよ。

 この人が居なくなれば私達はどうすればいいのか。
 男達は嵐で柵が壊れたので修理に出ていて、獣に襲われたのよ。
 無事な男は見た所、残って居ない」

「サラ婆さん、わたしゃ、他の男を見て来るからね」
 もう一人の老婆が声を掛けて、倒れて動かない男達の方に立ち去った。
 サラと呼ばれたその老婆も溜息をつきながら、腰を上げた。


 トロは倒れたかがり火に木を足して、大きく明るくした。
 幾つかあったかがり火は全て倒れて燃えていた。

四兄弟神の星18

四兄弟神の星 18
    
    第三章 カサルの村壊滅 新たなる出発へ 2

 ターナの言う岩山は岡一つ向うだった。
 麓は林に囲まれ、木々は強風に大きく揺れていた。
 激しい獣の声、それに対する人間の叫びは僅かだ。
 その獣はこの山塊では小さい方だ。
 それでも星人の大人ぐらいはある。数十頭はいるだろうか?

 トロが見極める前に、前方の長い刀を振る男を襲っていた獣が急に飛上がって地に倒れた。
 獣の背に一本の矢。
 その男もよろけて膝を地に就く。
 トロはラガーから飛降り駆け寄って、男を抱え起こした。

「トロ、気を付けろ!」
 オモンの声だ。

 トロは襲って来た他の獣を辛うじて、木刀で叩き伏せた。
 抱えた男は意識がなく、がっしりしているが、かなりの老人だ。

 見回すと多くの男が倒れ、獣を防いでいるのは僅か。
 その中をラガーが駆回っていた。

 オモンが駆けて来て、ララをトロの傍らに降ろした。
「ララ、手当してやってくれ」
 そして、駆けて行った。

 トロは老人を地に横たえた。
 もう一度辺りを見回すと、多くの獣が倒れていたが、どれにも矢が立っている。
 何時の間にか獣の声が少なく、遠くなっていた。
 今まで戦っていた幾人かの男達は呆然と長刀に縋っていたり、地に崩れるように座り込んだ。

 オモンが駆け戻って来た。
「凄い奴だ。
 あのチェレンが殆ど矢で片付けてしまった。
 獣は逃げてしまった」
 老人がこの時、よろめきながら立上がった。

「どなたか知りませんが、礼を言います」
 と言い、立並んだ小屋の方に向って叫んだ。
「おうい、女達、死者を嘆くのは後だ。
 怪我人を手当しなさい」

 老人の身体が揺れたので、トロが支えると、彼は息をしていなかった。
「・・・」

「ララ!」
「この人、もう死んでいたわ、どうして喋れたのかしら」

四兄弟神の星17

四兄弟神の星 17
     第三章 カサルの村壊滅、新たなる出発へ

 今夜も子供達は薄明かりの残る間に薪を集め、日が落ちると集って来た。
 クリルは焚火に照された四兄弟神の祭壇に向って、感謝の祈りを始める。
 子供達は大人しくその後で手を合せた。
 お祈りが終り、クリルは振返った。
 目を輝かせた子供達がお話の続きを待っている。
 クリルは話し始めた。
「リュウの頼みで北の海に着いたオモンは、弓の上手なチェレンとララに出合ったのですね。
 トロとも再会して、四人はリュウの待つ南の草原に戻る事にしました。
 そこは大きな山塊で、深い森や険しい山が立ち塞がっています。
 西の街に火の雨が降ってから二十年、生残った人々は原始の森でどのようにしていたでしょう」



 暗くなるにつれ強風に雨が混じり、雨足はひどくなって来た。
 木は密生し大きな枝は頭上を覆っているのに、その枝をわさわさと鳴らし雨は激しく四人とラガー二頭に叩き付ける。
 深い森を南下して四日目だ。
 いつもは暗くなる前に夜営地を見つけたが、この日に限って木々の密生した地帯を中々抜けられない。
 チェレンが先頭で低い枝をくぐり、大きな木の根を避けて道を探す。
 トロとオモンはラガーを引いていた。
 人間より大きなラガーを通すのが一苦労。
 小柄なララは器用にチェレンに付いて行く。

「・・・」
 ララが前方に問いかけた。
 チェレンが何か喋ったのだろう。
 二人の話なら口を挟まない方がいい、事にこの頃トロは気付いていた。
 先頭のチェレンは空を仰いだ。
 つられてトロも見上げると、鳥人ターナが木の枝の陰に雨宿りしていた。
 身体を覆う大きな翼が黒く光っている。

「ターナ、お利口さんだ。
 夜営出来るような広い所を探してくれないか?」
 トロが言うとターナは考えている。
 チェレンが言った。
「こいつには私達がどんな所に夜営出来るか、わからないんだ。
 それより、どこかで獣が集って騒いでいる。
 何をしているか、見て来た方が面白いに決っている」
「夜営地ぐらいわかるさ」
 ターナは、ふん、馬鹿にするな、と飛立った。

「あいつはこの雨の中を飛びたくなかったのだ」
 オモンは言った。
「あいつのように枝の下に雨を避けた方がよさそうだな」
 歩みを止めず、トロは言った。
 彼は布製の服を着るチェレンやララを気遣った。
 トロとオモンは獣皮の服だ。

「・・・」
 チェレンがまた何か喋ったらしい。
 が、激しい雨の音ですぐ後のララにも聞き取れない。
「誰が危険なの?
 ターナ?
 貴方が行けと言ったのよ」
 ララの声が聞える。
 チェレンはそれに答えようとはせず、急いで歩き続けている。

 トロは危険という言葉に心配になった。
 チェレンは会った時からいつも弓と矢を二三本左手に持っていて、常に危険に備えている。
 トロはチェレンが作った多くの矢をラガーの背に積んでやった。
 今では一人で運び切れない程ある。

 ターナが戻って来た頃、森はやっとまばらになったが、それは一層激しい雨に叩きつけられるだけだった。
 トロは林の中に戻ろう、と考えていた。
 ターナが言った。
「この向うに岩だけの山があって、木の柵と小屋があってたくさんの人が居た。
 たくさんの獣とけんかしていた」
 チェレンが言った。
「ずっとトーチの狩の呼び声が聞えていた。
 そこの人々はトーチに襲われている。
 トーチは大きな集団で行動し、悪賢い獣だ」

 トロはすぐに応じた。
「どんな獣か知らんが、オモン、ラガーで駆けつけよう。
 チェレンはララとここに残って雨宿りしていてくれ」

「君達だけが何をしに行く?
 私が行かないとその人達を助ける事はできないよ」
と、言い、チェレンはトロのラガーに駆け寄った。
「私はトロの後に乗る。オモンはララを乗せてくれ」
 そしてさっさとラガーに跨がった。
 トロはそれで急き立てられてチェレンの前に乗る。
 ラガーは大きな動物だ。少しの間なら大人二人を乗せて充分走った。

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